「おーい、雪嗣―! お昼ご飯出来たよー!」

 その時、遠くから叶海の声が聞こえた。社へ続く石段の下にエプロン姿の叶海がいる。彼女は、雪嗣が小さく手を上げると嬉しげにピョンと飛び跳ねた。

「ククッ……。まるで子どもだな」

 まるで母親を見つけた幼子のような仕草に、思わず噴き出しそうになって堪える。叶海は雪嗣に向かって大きく手を振ると、軽やかな足取りで石段を上がっていった。

「帰るか」

 雪嗣はおもむろに石段へ向かって歩き出すと、今日の昼餉に意識を向ける。

 ――確か今日はオムライス……だったか?

 オムライス。それは、ケチャップで炒めた飯を、焼いた卵で包んだ洋食だ。先頃、一度だけ食べたその味を思い出した瞬間、ぐうと雪嗣の腹が悲鳴を上げた。

「……まったく」

 雪嗣は、すっかり叶海の味に魅了されている自分をおかしく思った。

 人と同じように歳を取るこの身体には糧が必要だ。しかし、これまで食事を待ち遠しく思ったことはなかった。

 別に氏子たちが用意してくれる食事が不味かったわけではない。いや……一部、奇抜な料理を作る者はいたにはいたが。供されるのは、基本的に郷土料理を中心とした、代わり映えのしない和食ばかりだった。馴染みのある味ではあるが、何度も何度も口にしていると、流石に新鮮味はなくなってくる。

 だからなのだろう。叶海の作る食事は、出てくるものすべてが雪嗣にとって目新しく、美味に感じられた。叶海がこの村に戻ってからの半年間、食事の時間が待ち遠しくて仕方がないくらいだ。

『覚悟しておきなさい。雪嗣の胃袋は私が掴む……!』

 幼馴染みの、宣戦布告とも取れる言葉を思い出してため息を零す。それは、初めての求婚を断ったあくる日、荷物を抱えて家に押しかけてきた叶海が放った言葉だ。

 その時は鼻で笑ったものの、気が付けばこの体たらく。神といえども、美味な食事の誘惑には抗えないらしい。

「まったく、叶海は本当に愉快な奴だな」