盆が過ぎると、山間にある龍沖村の空気は一気に変わる。

　暑さは見る間に過ぎ去り、涼しげな風が村中を渡るのだ。

　風に乗って新しい季節を告げるのは、赤とんぼ。夕焼け空よりもなお赤い身体で、縦横無尽に空を飛び回る。何匹か連れ立って飛ぶ様は、まるで暑すぎる季節が過ぎ去ったことを喜んでいるようだ。彼らの姿を見ると、ついつい有名な童謡を口ずさみたくなるのは、そこにある世界があまりにも華やかで、見ている人の心まで色づいているからかも知れない。なにせ、白一色に埋め尽くされる前のこの季節は、心弾むくらいに世界が様々な色で彩られるのだから。

　そんなある秋の日。

　雪嗣は、田んぼの畦道を歩きながら満足げに頷いた。

「今年も無事に実ったか」

　夏が過ぎ、伸びやかな青さを失った龍沖村は、稲穂の黄金色に衣替えをしていた。

　この季節、雪嗣が最も好むもの……それは収穫期を迎えた田を眺めることだった。

　収穫期の田園の美しさは、秋の風景の中でも群を抜くだろう。

　米は豊かさの象徴だ。人々の主食であり、雪嗣が守り慈しむべき村人たちの生活を経済的にも支えている。

　だから、秋風に吹かれて稲穂がざわざわと賑やかな声を上げるのを聞くと、雪嗣は嬉しくなる。その音は、人々の喜びの声にも聞こえるからだ。