その瞬間、蒼空の脳裏に子ども時代の光景がまざまざと蘇ってきて、堪らなく切なくなった。なにも考えずに追いかけた虫、意味もなく眺めた雲の流れ、なんとなく飛び込んだ新雪の中。意味のないことをしても赦されるのは、子どもだけだ。

 幼少期――それはまるで真夏の川面のようだ。キラキラ、キラキラ。眩しいくらいに煌めいて、大人になった今思い返すと、眩しくて見ていられない。なんだか泣きたい気分になって、きゅ、と唇を噛みしめた蒼空に、雪嗣は更に話を続ける。

「氏子たちも俺の行為を容認してくれたからな。調子に乗って、お前たちの幼馴染みの地位に収まった。叶海には悪いことをしたと思っている。騙したようなものだ。幸い、彼女はこれっぽっちも気にしていないようだが」

「……それで、人間の子どものふりをして俺らと過ごしていたのか」

 当時の蒼空は、訳もわからず雪嗣に従っていた。神なのに、どうして人間のように叶海と接しているのかという疑問は持っていたが、深い考えがあってのことなのだろうと理由を訊ねることはしなかったのだ。しかし、今になって冷静に考えてみると、自分も含めた幼馴染みの関係は非常に歪であったと思う。

 ひとりは神で、ひとりは神に仕える世話人だった。

 三人の中で、普通なのは叶海ただひとりだけだ。

 なにかモヤモヤしたものを感じて、蒼空は顔を顰めた。すると、雪嗣は満天の星空を見上げると、まるで自嘲するかのように言った。

「――俺だって馬鹿じゃない。ここにいる誰よりも遥かに永い時を生きてきたんだ。自分の行為がどれほど愚かなことか、それくらい理解していた。悪かったな、ひとりで抱え込んでいたのか?」

「……い、いや。そういうわけじゃねえが」

 雪嗣の言葉に、蒼空はなにか煮え切らないものを覚えた。

 これは本当に雪嗣の本音なのだろうか?

 そんな疑問が頭を過る。何百年とこの村で過ごしてきた神が、たったひとりだけを特別扱いするものだろうか。そこには、別の理由があるのではないか――?