叶海は気持ちを切り替えるようにパッと顔を上げると、星明かりにぼんやりと照らされている夜道を急ぐ。

 足が地面を踏みしめる度に、とん、とんとリュックが跳ねて、背中を叩く。

 それはまるで、叶海の沈み込んでいる気持ちを慰めてくれているようだ。リュックの奏でるリズムは、叶海が心寄せている彼が慰めてくれる時に少し似ている。

「急げっ!」

 自分を鼓舞するように掛け声を出して、一気にスピードを上げる。

 息が切れ、肺が痛むくらいに苦しい。けれど、その先に待っている人たちのことを思うと、なにも辛いことはなかった。

 やがて龍沖村にある神社へ続く石段を一気に駆け上ると、すぐそこに人影を見つけて、叶海は満面の笑みを浮かべた。

「おまたせ!」

「来たね」

「オッス。早かったなあ」

 それは雪嗣と蒼空だ。

 彼らの姿を目にした途端、胸の辺りがほんのり温かくなる。叶海の耳にこびりついていた両親の罵声が遠くなったような気がして、一気に気持ちが緩んだ。

 すると、そんな叶海を見た雪嗣が顔を顰めた。

「あのふたり、今日も喧嘩していたのか」

「…………うん」

 雪嗣は叶海のことならなんでもお見通しだ。叶海の些細な変化にも、すぐに気がつくのはいつだって雪嗣だった。

 雪嗣は、叶海の頭を優しくポンポンと叩くと「大変だったな」と労ってくれた。ポッと頬を赤らめた叶海に、それを間近で目の当たりにした蒼空が眉を顰める。

 すると、蒼空はどこか意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「そのうち別れるんじゃねえの」

「…………」

 子どもながら残酷な言葉に、叶海は無言で蒼空の頭を叩いた。

「痛え!? この暴力女!」

 頭を押さえた蒼空は、涙目で叶海を睨みつけると、しかし彼女の瞳がじんわりと濡れているのに気が付いて、バツが悪そうに唇を尖らせる。

 ため息を零した雪嗣は、すかさず仲裁に入った。

「蒼空は言い過ぎだし、そもそも暴力は論外だ。ふたりとも謝れ」

「……ごめん」

「……悪かったよ」

「よし、これで終わり!」