その瞬間、黒雲しか見えていなかった視界に、穢れなき白が映り込んだ。

「――馬鹿者!」

 そして酷く焦ったような声と同時に、叶海の身体を誰かが支える。風のように叶海のもとへと駆けつけたその人は、叶海を腕の中に閉じ込めて怒鳴った。

「昼まで帰ってくるなと、あれほど言っただろう……!!」

 その瞬間、時間が正常に流れ始める。

 雨音が耳に届き、途端に叶海の身体が震え出した。感情が状況にやっと追いついて、じわじわと身体の中に恐怖が広がっていく。青白い顔をした叶海は恐る恐る顔を上げると、どこか強ばった顔をしたその人の名を呼んだ。

「……ゆ、雪嗣。だってもうお昼になってたから」

 息も絶え絶えに言った瞬間、叶海の瞳から一粒の涙が零れた。雪嗣は唇を強く引き結ぶと、整った顔を歪めて絞り出すように言った。

「もうそんな時間か。すまなかった」

 雪嗣はそう言って、指で叶海の涙を拭った。そして安堵の息を漏らすと、じっと叶海を間近で見つめる。

「もっと俺が気をつけておくべきだった。お前という奴は、目を離すと本当に危なっかしい」

「……そ、そう?」

 そんなに自分はそそっかしく思われていたのだろうか。

 堪らず叶海が首を傾げると、雪嗣は何度か瞬きをした後、そっと視線を逸らした。