「グルル……」
それは叶海の姿を見つけると、姿勢を低くしてゆっくりと歩き出した。
黒い獣がした仕草は、肉食獣が獲物を狩る時のそれだ。
「……っ!」
ようやく正気に戻った叶海は、逃げるために一歩後退った。
しかし、叶海が立っていた場所は石段の最上段。足は宙を踏み、叶海はたちまちバランスを崩してしまった。
ひゅ、と息を呑んだ叶海は、状況とは裏腹に、どこか冷静に周囲の光景を眺めていた。音が消え、異様なほどにゆっくりと時間が流れる世界。黒雲に覆われた空が視界いっぱいに広がり、天から零れ落ちた雨粒がはっきりと見える。
幸恵たちから貰った土産が手から離れていき、取り戻そうにも身体が上手く動かない。
――ああ、これが走馬灯。私……死ぬんだ。
そのことを理解した瞬間、あまりのことに息が出来なくなる。
まだ自分は雪嗣の嫁になれていない。こんな田舎までやってきて、押しかけ女房までしたというのに、この胸に満ちた甘酸っぱい想いは欠片も報われていない。
無念さ、悔しさで目の前がチカチカして、激しい絶望感に見舞われる。
――死ねない。死にたくない。嫌だ。絶対に……!
そう思った瞬間、自然と叶海の口はある人物の名を呼んでいた。
「雪嗣……っ! 助けて!」
それは叶海の姿を見つけると、姿勢を低くしてゆっくりと歩き出した。
黒い獣がした仕草は、肉食獣が獲物を狩る時のそれだ。
「……っ!」
ようやく正気に戻った叶海は、逃げるために一歩後退った。
しかし、叶海が立っていた場所は石段の最上段。足は宙を踏み、叶海はたちまちバランスを崩してしまった。
ひゅ、と息を呑んだ叶海は、状況とは裏腹に、どこか冷静に周囲の光景を眺めていた。音が消え、異様なほどにゆっくりと時間が流れる世界。黒雲に覆われた空が視界いっぱいに広がり、天から零れ落ちた雨粒がはっきりと見える。
幸恵たちから貰った土産が手から離れていき、取り戻そうにも身体が上手く動かない。
――ああ、これが走馬灯。私……死ぬんだ。
そのことを理解した瞬間、あまりのことに息が出来なくなる。
まだ自分は雪嗣の嫁になれていない。こんな田舎までやってきて、押しかけ女房までしたというのに、この胸に満ちた甘酸っぱい想いは欠片も報われていない。
無念さ、悔しさで目の前がチカチカして、激しい絶望感に見舞われる。
――死ねない。死にたくない。嫌だ。絶対に……!
そう思った瞬間、自然と叶海の口はある人物の名を呼んでいた。
「雪嗣……っ! 助けて!」

