「叶海、別れてくれ」

「えっ」

「俺は、お前の理想の男の子の代わりにはなれないよ」

 ――フラれたのは、これで何度目だろう……。

 叶海は、去って行く元彼の背中を見つめながら途方に暮れた。
 二十代も半ばを過ぎた叶海には、ある深刻な悩みがあった。

 それは、誰と付き合ったとしても長続きしないことだ。しかも、必ず同じ文言でフラれるというおまけ付き。何故か、みんな口を揃えたようにこう言うのだ。

 ――俺は、雪嗣にはなれない。

 フラれた叶海は、いつものように親友に泣きついた。失意の淵に沈む叶海に、親友は真剣な顔でこう言ったのだ。

「叶海は、もう老後の蓄えを意識したほうがいいね」

「へっ……!? それって、フラれたことと関係あるわけ?」

「あるある。大ありよ!」

 つい最近、彼氏と華麗にゴールインを決めた親友は、大きく膨らんだお腹を撫でながら、どこか得意げに蕩々と語る。

「雪嗣君のことが好きすぎて、その子が叶海の基準になっちゃってる。思い出だけじゃおまんまは食い上げ、男は甲斐性だって何度言っても聞きやしない! 思い出補正付きの初恋の男の子になんて、生身の男は誰も太刀打ちできないわ。もうこれは将来の孤独死に備えるべきよ!」

「こ、孤独死……」

「叶海って、思い込んだら一直線のところがあるからね~。初恋も、ここまで拗れちゃったらもう元に戻らないと思う。諦めなよ」

 どこか達観したような親友の言葉に、叶海は顔を真っ赤して叫んだ。

「あ、諦められるわけないでしょ、馬鹿! 一生独り身なんて嫌よ!」

 ――ああ! 初恋とは、なによりも甘く、優しく……そして罪深い。

 淡い思い出は、いつの間にやら叶海を雁字搦めに縛り上げていたのだ。

 それが「初恋の呪い」。
 下手をすると、誰とも結ばれずに終わる可能性もある強力な呪いだ。

 長年、身体を蝕んできた呪いを解くにはどうすればいいか――?

 寝る間を惜しんで考えた結果、叶海はとある仮説に至った。

 そもそも呪いの原因は、気持ちを伝えられずに初恋が終わったことにあるのではないだろうか。中途半端に残った気持ちが、叶海の中で燻り続けているのだ。

 ならば答えは簡単だ。

 今の雪嗣に会い、当時の想いを告げる。そして綺麗さっぱりフラれるのだ!
 そうして叶海は、十年ぶりに龍沖村の土を踏んだのである。