龍沖村は、かつて北東北にある小さな村だった。
過疎化の煽りを受け、今は隣町と合併して、その一部となっている。
そこには、村を見下ろすように建つ社がある。
一度全焼してしまったこともあり、さほど古い建物ではない。
元々は知る人ぞ知る隠れスポットだったらしいのだが、最近は大変御利益があるとSNSで話題になり、各地から観光客が訪れる人気の観光地となっていた。
そんな社の中、本来ならご神体が納められている場所には、実は一枚の絵が奉納されている。特に古いものではない。極々一般的なキャンバスに、普通に市販されている油絵の具で描かれた油彩だ。歴史的に価値があるとは決して言えない。
しかしその絵は、一年に一度の秋の収穫祭の時には、集まった人々へ必ず公開されることとなっている。何故ならば――その絵こそが、この社で祀られている神の身姿を映しとった貴重な一枚だからだ。
絵の舞台は、なんの変哲もないどこぞの和室。
酒が入っているのか、赤ら顔の村人たちが、純白の髪を持った人物を囲んで、大口を開けて笑っている。老いも若きも……誰も彼もが笑顔だ。
村人たちの姿からは、神への敬愛の気持ちが溢れんばかりに伝わってくる。
そしてその純白の髪を持った人物は、すべてを包み込むような微笑みを浮かべ、艶やかな色打ち掛けを纏ったふたりの女性を、愛おしそうに見つめていた。
その人こそが龍沖村を守る龍神だ。
彼は今もなお――小さな村を守り続けている。
過疎化の煽りを受け、今は隣町と合併して、その一部となっている。
そこには、村を見下ろすように建つ社がある。
一度全焼してしまったこともあり、さほど古い建物ではない。
元々は知る人ぞ知る隠れスポットだったらしいのだが、最近は大変御利益があるとSNSで話題になり、各地から観光客が訪れる人気の観光地となっていた。
そんな社の中、本来ならご神体が納められている場所には、実は一枚の絵が奉納されている。特に古いものではない。極々一般的なキャンバスに、普通に市販されている油絵の具で描かれた油彩だ。歴史的に価値があるとは決して言えない。
しかしその絵は、一年に一度の秋の収穫祭の時には、集まった人々へ必ず公開されることとなっている。何故ならば――その絵こそが、この社で祀られている神の身姿を映しとった貴重な一枚だからだ。
絵の舞台は、なんの変哲もないどこぞの和室。
酒が入っているのか、赤ら顔の村人たちが、純白の髪を持った人物を囲んで、大口を開けて笑っている。老いも若きも……誰も彼もが笑顔だ。
村人たちの姿からは、神への敬愛の気持ちが溢れんばかりに伝わってくる。
そしてその純白の髪を持った人物は、すべてを包み込むような微笑みを浮かべ、艶やかな色打ち掛けを纏ったふたりの女性を、愛おしそうに見つめていた。
その人こそが龍沖村を守る龍神だ。
彼は今もなお――小さな村を守り続けている。

