「多分、私が梅子さんの立場だったとしてもそうしたと思う。たとえ私が雪嗣と幸せになったとして、雪嗣が梅子さんのことを蔑ろにしたらすごく嫌だ。傷つくと思う。だって、私は私。でも……私は梅子さんで、梅子さんは私なの」

 叶海がゆっくりと手を放すと、雪嗣の純白の髪の毛に赤色の彩りが加わった。

 それは、なんの変哲もない赤い布だった。ただし、端が手縫いで綺麗に処理してある。そこには、赤い糸で紅梅の刺繍がされていた。そして――花の周りには、青い糸で波模様が刺繍されている。

「これは、お前が?」

 雪嗣は布の文様を驚いたように見つめると、叶海に訊ねた。

 叶海はこくりと頷くと、両手を開いて雪嗣に見せた。

「私ってさ、すごく裁縫が苦手だったの。……でも、今はこの通り。びっくりするくらい上手でしょう? 練習したんじゃないよ。気が付いたらそうなってた」

 叶海は呆然としている雪嗣に微笑むと、胸を両手で押さえて言った。

「私は叶海。だけど梅子でもある。……ねえ、こういう時、梅子さんならこう言うだろうなって思うんだ」

 そして叶海は雪嗣に顔をグッと近づけると、ニッと白い歯を見せて笑った。

「『裁縫上手なオラ。料理上手な叶海! これで完璧な奥さんだべ!』」

 その瞬間、感極まったように雪嗣は瞳を潤ませると、叶海に抱きついた。

 叶海の細い身体を折らんばかりに強く抱きしめ、その首もとに顔を埋める。

「俺は、俺は……」

 擽ったそうにクスクス笑った叶海は、小さく震えている雪嗣の背を撫でる。
叶海は……そして梅子は知っていた。どんなに言葉を取り繕っても、梅子ではなくなってしまった叶海に恋心を抱くことに、雪嗣が罪悪感を感じているということを。

 神様の癖に、それほど器用なたちではないのだ。人間のように、自由気ままに、そして無責任に愛を振りまけない。

 そういうところが叶海(うめこ)は好きなのだけれど。

「大好きな大好きな私の神様。どうかお願い。ふたりぶん愛してね」

 すると雪嗣は大きく頷くと、一言一言噛みしめるように、決意を込めて言った。

「……ああ。ああ!! 絶対だ。約束する。お前を……お前たちを、絶対に幸せにしてみせるからな!」

 その瞬間、叶海はほうと熱い息を漏らすと、ゆるゆると微笑んだ。

 ――幸せだねえ。梅子。
 ――幸せだべ。叶海。

 ふたりは心の中で手を取り合うと、雪嗣から伝わる熱に、幸福に――身を任せたのだった。