「実はね。私も梅子さんみたいに、彼女の人生を追体験していたの」

 雪嗣の記憶を失った数ヶ月。何度も何度も見たあの夢は、彼女の人生そのものだったのだと、叶海は確信していた。だから、梅子自身が、同じように叶海の人生を見ていたと聞いた時は、酷く驚いたものだ。

「あれは……今、思い出してもすごい体験だったと思う。自分じゃ身体を動かせないのに、他の感覚や感情はすべて共有しているの。気温も匂いも触感も……喜びも悲しみも恐怖も、愛しいと思う気持ちも。全部、本人と同じように感じるんだ」

 初めは傍観者であるという自覚があるのだ。

 しかし、夢を見ているうちに、徐々にその感覚が曖昧になっていく。

 自分が、そこで体験している当人(・・)なんじゃないかと錯覚するのだ。

「だからね。雪嗣が言った言葉。アレは違うと思うの」

 雪嗣によると、彼は梅子と再会した時に、こう言ったのだそうだ。

『生まれ変わりは前世のままの記憶を保てない。叶海は叶海であって、梅子では決してない』

 恐らく、普通の生まれ変わりならばそうなのだろう。

 新しい肉の衣を得た魂は、ほとんどが前世の記憶を忘れてしまっている。

 しかし、叶海と梅子は違った。互いに互いの人生を知る機会があった。想いを感じる時間があった。叶海と梅子。ふたりは幼馴染み以上に近いところで、寄り添うようにお互いのことを教え合ったのだ。

 叶海はきゅっと手に力を籠めると、梅子のことを想いながら続けた。

「梅子さんもね、私の人生を体験している内に、きっと自分が私になったような感覚になったのだと思う。少なくとも私はそうだった。私は今もまざまざと思い出せるよ。梅子さんのお父さんに殴られた痛みも、腫れた顔で、無理して笑った時の引き攣った感覚も……冬の川に落ちた時の絶望感も」

 ――雪嗣を好きだという狂おしいまでの感情も。

「…………それは」

 叶海の言葉に、雪嗣は固唾を呑んで耳を傾けている。叶海は背中に隠していたものを取り出すと、そっと雪嗣へと差し出した。

 それを見た瞬間、雪嗣は僅かに目を見開く。

 叶海は、あの日見た夢で梅子がしたように、雪嗣に抱きつくような恰好になった。

「梅子さんが怖かったのは、自分じゃない誰かと雪嗣が幸せになることじゃない。自分であって、自分じゃない私が――辛い思いをするのが嫌だったから」

 だから、梅子は自分が身を引くようなことを言ったのだ。

 自分さえいなければ、もうひとりの自分(かなみ)は幸せになれるのだから。

 だから笑顔で去った。それが、彼女なりのけじめ(・・・)だったのだ。