叶海は頬を薔薇色に染めてそう言うと、次の瞬間には勢いよく顔を逸らした。

「ああ! 夢だからって調子に乗っちゃった! 美人以外が言ったら、怒られそうな台詞ですね!? あの……忘れてください。滅茶苦茶恥ずか――」

 そして、大汗をかいた叶海が自分の発言を誤魔化そうとした、その瞬間。

 ぎゅうと雪嗣に強く抱きしめられた。

「えっ……あ、ええ!?」

 状況が理解できずに、素っ頓狂な声を上げる。

 慌てて腕を振りほどこうにも、思いのほかがっちりと抱きしめられていて、逃げ出せそうにない。助けを求めて周囲の人々に視線を投げるも、何故かみんな目頭を押さえて涙ぐんでいるではないか。

 ――こ、これは一体……? 私はどうすれば……。

 意味不明である。なんておかしな夢なのだろうと、行き場を失った手を叶海がワキワキ動かしていると、ふと、雪嗣が震えているのに気が付いた。

 ――泣いている? なにか哀しいことでもあったのだろうか。

「大丈夫ですか……? 辛いですか?」

 叶海は両腕を雪嗣の背中に回すと、優しく撫でてやった。

 すると、雪嗣はゆっくりと叶海から身体を離した。

 その瞬間、叶海の心臓が激しく跳ねる。

 何故ならば、目尻と鼻を真っ赤に染めて、安堵しきった表情を浮かべた雪嗣の顔に、目を奪われてしまったからだ。

「……ハハハ! 違うんだ。なにも哀しくはないんだ……。寧ろ嬉しいくらいで」

 雪嗣は大きく口を開けて笑うと、ぽろりと瞳から透明な涙を零す。

「いつもいつも、叶海には驚かされてばかりだ。本当に――記憶をなくしても、俺のことを好きになってくれた」

「…………? 私のことを知ってるんですか?」

 雪嗣の口ぶりに思わず訊ねる。

 すると、雪嗣は自信満々の様子で答えた。

「当たり前だ。お前が生まれる前から知っている」

 この人、またとんでもないことを言い出したなと叶海が驚いていると、突然、雪嗣に手を掴まれた。そして、叶海の手の甲に唇を落とした雪嗣は、じっと叶海の瞳を見つめて言った。