「ああ、もう。涙で顔がぐちゃぐちゃだぞ。折角綺麗に化粧をしてあったのに」
雪嗣は懐から手ぬぐいを出すと、それで梅子の顔を拭ってやった。そして未だ疑いの目で自分を見つめている梅子に、どこか嬉しそうにこう言った。
「自分でもよくわからなかったんだ。どうして梅子以外の人間に惹かれるのか。理由が見つけられなくて、いつも迷っていた。俺の心は梅子に捧げたはずなのに、他人に惹かれる自分が嫌になったこともあった」
自嘲気味に笑った雪嗣は、じんわりと瞳に涙を浮かべた。
「でも、俺の心は確かに梅子のものだった。だって叶海の中に梅子がいたんだから」
すると、梅子の顔がパッと赤く染まった。
紅梅のように鮮やかに肌を染めて、潤んだ瞳を雪嗣に向けている。
しかし、次の瞬間にはキッと鋭い眼差しになると、両手で雪嗣の頬を掴んだ。
「ばっっっっか言ってんでねえ!!」
そして、心底呆れたようにため息を零すと言った。
「オラだから叶海が好き? そんなの、叶海に失礼だべ。あの子はオラより、もっっっっっといい子なんだぞ。思い込みが激しいところもあるべども、一途で可愛い! 小さい頃からずっと見てきたオラが言うんだ。間違いねえ。……だから!」
そこまで怒濤の勢いで言葉を吐き出した梅子は、きゅう、と色打ち掛けの袂を握りしめた。そして、どこか哀しそうな、切なそうな、それでいて憧憬の籠もった眼差しで空を見上げる。
「敵わねえなあ……って思ったんだ。この娘の龍神様への想いは、きらきら、まるで宝石みたいで一点の曇りもねえ。オラみたいに薄汚れたもんは欠片もなかった」
次の瞬間、梅子は、雪嗣に晴れ渡った空のような笑みを向けた。
その頬を濡らしていた涙は、とうに乾いている。
「あの子の方が魅力的だった。だから、龍神様はあの子が好きになったんだべ?」
最後に、愛おしそうに雪嗣を見つめた梅子は、彼の返答を待つことなく、スッと真顔になって話を続けた。
「……オラがこうやって龍神様と話せるのは、この娘の心が死にかけているからだ」
唐突に飛び出した不穏な言葉に、雪嗣は大きく目を見開いた。
そして、真剣な面持ちで梅子の話に耳を傾ける。
「多分、この娘が死にかけてるからこそ、オラが前に出られてるんだな。……本当に、この娘は龍神様のことが好きなんだなあ。まるで、心の臓が抜かれちまったみたいになってる。このままじゃ、本当に死んじまうぞ。だから、龍神様。早く記憶を取り戻してやって」
「……いいのか?」
雪嗣が訊ねると、梅子はニッと素朴な笑みを浮かべた。
「今のオラは消えるけども、この子がオラの生まれ変わりに間違いねえからな」
そして、雪嗣の髪を縛っていた赤い布を解くと、それを吹き付けてきた北風の中に放して――。
「今までありがとう。オラ……龍神様のことが、本当に心から大好きだったよ」
そう言って、春を告げる梅の花の蕾がほろりと綻ぶように微笑んだ。
雪嗣は懐から手ぬぐいを出すと、それで梅子の顔を拭ってやった。そして未だ疑いの目で自分を見つめている梅子に、どこか嬉しそうにこう言った。
「自分でもよくわからなかったんだ。どうして梅子以外の人間に惹かれるのか。理由が見つけられなくて、いつも迷っていた。俺の心は梅子に捧げたはずなのに、他人に惹かれる自分が嫌になったこともあった」
自嘲気味に笑った雪嗣は、じんわりと瞳に涙を浮かべた。
「でも、俺の心は確かに梅子のものだった。だって叶海の中に梅子がいたんだから」
すると、梅子の顔がパッと赤く染まった。
紅梅のように鮮やかに肌を染めて、潤んだ瞳を雪嗣に向けている。
しかし、次の瞬間にはキッと鋭い眼差しになると、両手で雪嗣の頬を掴んだ。
「ばっっっっか言ってんでねえ!!」
そして、心底呆れたようにため息を零すと言った。
「オラだから叶海が好き? そんなの、叶海に失礼だべ。あの子はオラより、もっっっっっといい子なんだぞ。思い込みが激しいところもあるべども、一途で可愛い! 小さい頃からずっと見てきたオラが言うんだ。間違いねえ。……だから!」
そこまで怒濤の勢いで言葉を吐き出した梅子は、きゅう、と色打ち掛けの袂を握りしめた。そして、どこか哀しそうな、切なそうな、それでいて憧憬の籠もった眼差しで空を見上げる。
「敵わねえなあ……って思ったんだ。この娘の龍神様への想いは、きらきら、まるで宝石みたいで一点の曇りもねえ。オラみたいに薄汚れたもんは欠片もなかった」
次の瞬間、梅子は、雪嗣に晴れ渡った空のような笑みを向けた。
その頬を濡らしていた涙は、とうに乾いている。
「あの子の方が魅力的だった。だから、龍神様はあの子が好きになったんだべ?」
最後に、愛おしそうに雪嗣を見つめた梅子は、彼の返答を待つことなく、スッと真顔になって話を続けた。
「……オラがこうやって龍神様と話せるのは、この娘の心が死にかけているからだ」
唐突に飛び出した不穏な言葉に、雪嗣は大きく目を見開いた。
そして、真剣な面持ちで梅子の話に耳を傾ける。
「多分、この娘が死にかけてるからこそ、オラが前に出られてるんだな。……本当に、この娘は龍神様のことが好きなんだなあ。まるで、心の臓が抜かれちまったみたいになってる。このままじゃ、本当に死んじまうぞ。だから、龍神様。早く記憶を取り戻してやって」
「……いいのか?」
雪嗣が訊ねると、梅子はニッと素朴な笑みを浮かべた。
「今のオラは消えるけども、この子がオラの生まれ変わりに間違いねえからな」
そして、雪嗣の髪を縛っていた赤い布を解くと、それを吹き付けてきた北風の中に放して――。
「今までありがとう。オラ……龍神様のことが、本当に心から大好きだったよ」
そう言って、春を告げる梅の花の蕾がほろりと綻ぶように微笑んだ。

