「梅子……?」

「んだ。オラは梅子だ」

 叶海――梅子が肯定すると、雪嗣の瞳からぽろりと大粒の涙が零れた。

「戻ってきてくれたのか」

 呆然と雪嗣が語りかけると、梅子はゆっくりと首を横に振った。

「いんや? 違う――」

 そして大きく右手を振りかぶると、にっこりと笑みを湛えて言った。

「オラは、龍神様に活を入れに来たんだ」

 ――バチンッ!

 その瞬間、梅子の右手が雪嗣の頬を勢いよくはたいた。

 雪嗣の視界にちかちかと星が飛び、あまりにも思い切りのいいビンタに、それを見ていた誰もが顔を引き攣らせる。

「おお、痛え」

 当の梅子は、ほんのり赤くなった手に息を吹きかけると、ふふんと得意げに、訳も分からずキョトンとしている雪嗣を眺めた。

 その瞬間、カッと雪嗣の頭に血が上った。今まで感じていた驚きも、なにもかもが吹っ飛んで、まるで梅子が生きていた頃のように叱る。

「なっ……なななにを……っ! 梅子!! また考えなしにお前は!」

「アハハ! 龍神様に怒られただ~!」

 梅子はケラケラと無邪気に笑うと、喜色満面で雪嗣を見つめる。

「まあでもこれは、龍神様が悪いしな。仕方ねえべ。オラ、謝んねえぞ」

「……どういうことだ?」

「あらまあ。自覚ねえだか? まったく、これから龍神様は!」

 クスクスと色打ち掛けの袖で口もとを隠した梅子は、次の瞬間には、鋭い視線を雪嗣に投げた。そのあまりの変わりように、雪嗣の心臓がどきりと跳ねる。

「オラと結婚するって約束した癖に、他の女に心を奪われちまった。これは、殴られても仕方ねえべ?」

「……それは」

「叶海はオラじゃねえのに。まったく困った神様だ」