――赤。赤色が。

 鮮烈なほどに色鮮やかな赤色が、死者を彩っている。

 ひとつは、固く閉ざされた唇にぽってりと塗られた紅。

 潤いを失いつつある肌とは対照的に、紅のぬらりとした瑞々しさは、毒々しくも、艶めかしくも見える。

 そしてもうひとつは色打ち掛けだ。

 死に装束の上に羽織った色打ち掛けは、皮肉なほどに大輪の花を咲かせ、白を通り越し、青黒くも見えるその顔色から目を逸らさせようと、必死に己を主張している。

 棺と身体の隙間に、大量の白い菊の花が敷き詰められていたからなおさらだ。

 菊の花びらに浮かび上がった鮮烈な赤は、見る間に雪嗣の目に焼き付いて。

 強烈な花の匂いと共に、雪嗣の心を大きく抉った。

「叶海……」

 震える声で、雪嗣はその人の名を呼んだ。

「叶海、起きろ」

 手を伸ばし、指先が触れそうになったところで、一瞬躊躇する。

 しかし、こくりと唾を飲み込むと、恐る恐る彼女の髪に触れた。

「冗談はよしてくれよ、叶海」

 そして、髪をなぞるように指先を動かす。

 幼い頃から、叶海は雪嗣に頭を撫でられるのが一等好きだった。

 子ども扱いしないでと言いながらも、いつも嬉しそうにはにかんでいたのだ。

だから――今だって、雪嗣が撫でてさえやれば、冗談だよと飛び起きる気がした。

 しかし、指先が掠めた叶海の頬は冷え切っていて、その真冬の夜のような冷たさに、雪嗣は堪らず手を引っ込める。まるで熱を持たない叶海の身体が物恐ろしくて、雪嗣は堅く目を瞑ると、背後に立つ蒼空へ訊ねた。