龍神様の押しかけ嫁

 ――な、なに……?

 もしかして、川から脱出できたのだろうか。

そんな風に思って、恐る恐る目を開けた。しかし、そこは相変わらず荒れ狂っている川の中で、状況は変わっていない様に思える。

 ――ああ。私……死んでしまったんだ。

 その瞬間、叶海は自分の状況を悟った。寒さも暑さも、息苦しさすら感じない。それすなわち、「死」なのだろうと考えたのだ。

 ――死ぬってこういう感じなんだなあ……。

 今、自分が夢を見ていることすら忘れて、叶海はしみじみと思った。

 そして、ある場所に目を止めると、叶海は驚愕に目を見開いた。

 そこには――風呂敷包みを抱いたまま、水底に沈む女性の姿があった。

 黒々とした髪は、水流に翻弄されて大きく広がっている。やけに地味な、継ぎの当たった紺色の着物。意思の強そうな、女性にしては太めの眉毛。堅く瞑られた瞳。長く、豊かな睫毛。うっすらと浮かぶそばかすは愛嬌がある。

 ――私と、同じタイミングで溺れた……? いや――それにしても。

 どうして、夢の中の私と同じ着物で、同じ風呂敷包みを持っているのだろう。

 叶海は息をするのも忘れ、その女性を見つめた。

 すると、女性が僅かに口を開けた。ごぽりと水泡が漏れ、叶海の心臓が跳ねる。

 女性はゆっくりと瞼を開けると、どこか遠くを見つめながら、ぎゅうと風呂敷包みを抱きしめ――はくはくと口を動かした。

 水の中だ。当たり前だが、なにを言ったのかは聞こえない。

 しかし、叶海はわかってしまった。

 その女性が……誰に向かって、なにを言ったのかを。

『りゅう、じん……さま。たす、けて……』