龍神様の押しかけ嫁

『急げ、急げ。あの人のもとへ!』

 この時、叶海の心は弾んでいた。青白い月光が照らす雪原は、叶海の目にはとても美しく見える。しかし、傍観者としてその場面を見つめる叶海にとっては、嫌な予感しかしなかった。畳みかけるように見せられた、胸が痛くなるほどの場面。その先に続くものなんて――嫌な予感しかしない。

 ――駄目。そっちへ行ったら駄目!

 叶海の予感は当たった。

 それは、小さな木造の橋へ差し掛かった時だ。現代に生きる叶海の感覚からすれば、恐ろしく貧弱な橋は、一歩踏み出す度にギシギシと軋んだ音を上げる。

 雪駄の底に雪がこびり付いているせいもあり、酷く滑る。橋の下は真冬の川だ。水量を増し、轟々と水音を上げているそこへ落ちたらひとたまりもないだろう。

『きゃあっ』

 風が吹く。ぐらりと大きく揺れた橋に、叶海の心臓が跳ねる。

 叶海はこくりと唾を飲み込むと、慎重に一歩踏み出した。

『――あっ』

 しかし、運命とは残酷なものだ。

 ぱきん、と鈍い音がしたかと思うと、劣化していたらしい底板が抜けた。

 その瞬間、ずるりと足を滑らせた叶海は、真っ逆さまに川の中へ落ちていく。

 ――ああ……! 死ぬ……!

 ドボン、と大きな水音がして、肌を刺すような冷水に包まれる。

 息が苦しい。激しい水流に揉まれ、どっちが上で、どっちが下なのかすらわからなくなる。叶海の身体は、まるで木の葉のように川の流れに弄ばれている。

 ――嫌。やだ、なんなの。やっと(・・・)やっと結ばれると思っ(・・・・・・・・・・)たのに(・・・)

 叶海が絶望感に包まれていると、突然、ふわりと身体が浮き上がった。
 同時にあらゆる感覚が遠ざかり、身体が楽になる。