龍神様の押しかけ嫁

 その瞬間、バチン、と鋭い痛みが頬に走って、倒れた叶海は背中を強かに打った。呼吸が荒い。恐怖に全身が支配されている。早く逃げ出したい。彼に会いたい。

 そんな彼女を見下ろしているのは、怒りに顔を赤く染めた中年男性だ。

『オラは許さねえ。ぜってえに許さねえからな……!』

 そんな男性に、叶海は必死の思いで取り縋る。

『おとっつあん。お願いだから、あの人に嫁がせて!』

『駄目だ、駄目だ! お前の嫁ぎ先はもう決まってるんだ。諦めれ!』

『嫌よ。絶対に嫌……っ! きゃあ!』

 再び振り下ろされた拳。叶海の視界が赤く染まる。激痛に悶える。男性が叶海を見下ろしている。部屋の隅では、まだ幼い兄弟たちが震えている。

 ――ああ。怯えさせちゃってごめん。ごめん……ごめんね……。

 そして、場面は再び切り替わる。

 場所はあの古びた和室だった。彼が肩を落としている。

『……やっぱり駄目だ。俺と君が結ばれるのは無理だったんだ』

 苦しげな彼の声。しかし、ゆっくりと首を振った叶海は、心を強く持たねばと自分に言い聞かせながら、腫れ上がった顔面で無理矢理笑みを形作った。

『オラ、絶対に○○様のお嫁になる。たとえ今生で無理だったとしても、だ』

 そして雪嗣の手を取ると、力強く願いを口にする。

『――たとえ死んだって、この気持ちは変わらない。生まれ変わっても、オラはきっと○○様を好きになる』

 だから、嫁になれるまで頑張るしかないのだ、と叶海は再び笑った。

 内心では、もう無理かも知れないと、ボロボロになった心から鮮血を零しながら。