和則は、叶海の仕事にどうしても必要なものを手配してくれた。

 それはアトリエだ。空き家を一軒、格安で貸し出してくれ、更には絵を描くのに快適に過ごせるように色々と取り計らってくれたのだ。

「まさか、叶海ちゃんが画家になってるとはなあ。オラ、びっくりしただよ」

「フフフ、ありがと! この村はすごく綺麗だから、描き甲斐があるよ」

「そりゃあいい。今度、オラのことも描いてけろ」

「わかった。楽しみにしてて」

 叶海は駆け出しの絵描きだ。

 芸大卒業後、叶海は先輩が経営するアトリエで働きながら創作活動を続けていた。

 二年前、大きなコンクールで賞を獲ってからは、個展を開く機会にも恵まれ、徐々に知名度を上げてきている。しかし、ここ最近は煮詰まっていて、どうにも筆が乗らなかったのだ。

 ある程度の貯蓄もあったし、新しい刺激も欲しかった。アトリエを辞めて新たな創作活動の場を探していた矢先に、雪嗣への恋心が再燃してしまったのだ。

 渡りに船とはまさにこのことである。高齢独居の祖母の様子も気になっていたし、叶海は嬉々として龍沖村へ移り住んだ。事実、自然豊富な龍沖村は、風景画を得意とする叶海にとってモチーフの宝庫と言えた。

 今は、次のコンクールに向けて精力的に創作している。