叶海の様子がおかしい。
そんな話を蒼空が聞いたのは、冬が訪れてから一ヶ月ほど経った頃だった。
情報元は叶海の祖母である幸恵からだ。普段の溌剌とした叶海から想像がつかないほど悄然とし、仕事も碌にせずに過ごしているのだという。
――雪嗣の記憶を消されたからだろうなあ。
ぷかりと紫煙を吐き出し、雪道を歩きつつ考えを巡らせる。
蒼空自身も何度か顔を見に行ったが、記憶を失った叶海は、以前の彼女とはどこか違ってしまったように思えた。
少し前までの叶海は、まさに恋する乙女そのものだった。
彼女の栗色の瞳が常に追っているのは雪嗣だ。
好きな人の一挙一動に、時には大喜びして、時にはどん底まで落ち込む。
感情に合わせてコロコロ変わる表情は、小学校の頃、共に過ごしたあの日とまるで変わらなく、忘れかけていた彼女への初恋が擽られたものだ。
しかし、今の叶海はどうだろう。
一見すると普通のようにも見えるが、どことなく生気が感じられない。
以前と変わらないように蒼空と調子よくやり取りはするものの、どこか投げやりで、ぐったりと横たわる姿は病的だ。
なにより、瞳からは輝きが消え失せ、ぼんやりと虚空を見つめる様はどこか儚げで、見る者を不安にさせる。
初恋の相手の記憶が消えてしまっただけ。たったそれだけのことなのに、叶海は見る影もなく変わってしまった。
――それだけ、雪嗣が占めていた部分が大きかったんだろうな。なのに、考えなしに記憶を消しやがって。アイツ……。
蒼空は苛立たしげに顔を顰めると、携帯灰皿を取り出して煙草を押しつけた。
そしてそれを袂へ仕舞うと、雪道を逸れて、降り積もった雪を掻き分けながら進む。
黒衣に雪が絡んで非常に歩きづらい。雪国育ちとはいえ、積もった雪の中を進むのは御免被りたいものだ。しかし、蒼空はその先になんとしても行かねばならなかった。
何故ならば――その先に、崩壊してしまった雪嗣の社があるからだ。
そんな話を蒼空が聞いたのは、冬が訪れてから一ヶ月ほど経った頃だった。
情報元は叶海の祖母である幸恵からだ。普段の溌剌とした叶海から想像がつかないほど悄然とし、仕事も碌にせずに過ごしているのだという。
――雪嗣の記憶を消されたからだろうなあ。
ぷかりと紫煙を吐き出し、雪道を歩きつつ考えを巡らせる。
蒼空自身も何度か顔を見に行ったが、記憶を失った叶海は、以前の彼女とはどこか違ってしまったように思えた。
少し前までの叶海は、まさに恋する乙女そのものだった。
彼女の栗色の瞳が常に追っているのは雪嗣だ。
好きな人の一挙一動に、時には大喜びして、時にはどん底まで落ち込む。
感情に合わせてコロコロ変わる表情は、小学校の頃、共に過ごしたあの日とまるで変わらなく、忘れかけていた彼女への初恋が擽られたものだ。
しかし、今の叶海はどうだろう。
一見すると普通のようにも見えるが、どことなく生気が感じられない。
以前と変わらないように蒼空と調子よくやり取りはするものの、どこか投げやりで、ぐったりと横たわる姿は病的だ。
なにより、瞳からは輝きが消え失せ、ぼんやりと虚空を見つめる様はどこか儚げで、見る者を不安にさせる。
初恋の相手の記憶が消えてしまっただけ。たったそれだけのことなのに、叶海は見る影もなく変わってしまった。
――それだけ、雪嗣が占めていた部分が大きかったんだろうな。なのに、考えなしに記憶を消しやがって。アイツ……。
蒼空は苛立たしげに顔を顰めると、携帯灰皿を取り出して煙草を押しつけた。
そしてそれを袂へ仕舞うと、雪道を逸れて、降り積もった雪を掻き分けながら進む。
黒衣に雪が絡んで非常に歩きづらい。雪国育ちとはいえ、積もった雪の中を進むのは御免被りたいものだ。しかし、蒼空はその先になんとしても行かねばならなかった。
何故ならば――その先に、崩壊してしまった雪嗣の社があるからだ。

