龍神様の押しかけ嫁

「アッハハハハハ!」

 突然、みつ江が大声で笑い出した。

 見ると、保子も口もとを隠して笑っている。

 幸恵がキョトンとしていると、しばらく笑っていたみつ江は、目元に浮かんだ涙を拭って言った。

「ああ、久しぶりに聞いただ。幸恵節!」

「な、なん……!?」

「幸恵は、昔からこうだったなあ。想いが滾ると、火山みたいに爆発するんだ。懐かしい。一瞬、若い頃に戻ったかと思っただよ」

「んだんだ。オラもそう思った!」

 みつ江と保子は「ねー」とまるで女学生時代に戻ったかのように声を合わせると、興奮気味に頬を染めて言った。

「――よし。やるべ」

「えっ……?」

「叶海ちゃんのこと。なんとかすっべえ!」

 みつ江が声を上げると、保子も「んだんだ!」と同調した。

 じん、と幸恵の胸が熱くなって、涙が滲んでくる。しかし泣いている場合ではない。幸恵は顔を上げると、ふたりに向かって「ありがとう」と頭を下げた。

「そうと決まったら、早速」

 すると、みつ江は鞄の中から分厚い手帳を取りだした。

「おお、みつ江の閻魔帳!」

「だから、違うっていつも言ってるべ! これはなあ……オラの人生そのものだ」

 その手帳には、みつ江の知り合いすべての連絡先が載っている。

 みつ江は郷土料理研究家という顔を持っているせいか、やたらと顔が広い。一時期、地方局の料理番組でレギュラーをしていたこともあり、多方面に顔が利くのだ。

「まずは、どうして龍神様が叶海ちゃんの記憶を消したかだなあ。蒼空か」

 ふむ、と数瞬考え込んだみつ江は、ペロリと指を舐めると手帳のページを捲っていく。そして電話を借りると幸恵に声をかけると、そそくさと奥へと引っ込んだ。

「オラも負けていられねえな」

 すると保子も動き出した。店の生鮮食品の棚を覗き込むと、思案顔でいくつかを手に取る。その姿になにか嫌なものを感じた幸恵は、恐る恐る保子に尋ねた。

「……な、なにをするつもりだ……?」

 すると、保子は不思議そうに小首を傾げると、マシュマロの袋を手に笑う。

「これから色々と大変だろうから、オラの手料理でみんなを励まそうと思って」

「いやいやいやいや! それは止めとくべ、保子!」

「ええ~? どうしてだ~。皆が元気になる料理のイメージが、こう……ピーン! と降ってきたっていうのに」

「気持ちだけ! 気持ちだけ受け取っておくべ!」

「仕方ねえなあ……」

 魔改造料理の製造をすんでのところで阻止した幸恵は、ホッと胸を撫で下ろした。

 すると、そんな幸恵の手を保子はギュッと握った。そして、どこか夢見るような柔らかい微笑みを浮かべると言った。

「なにか必要なことがあったら、なんでもオラに言うんだぞ? オラたち……幼馴染みじゃねえか」

「…………! うん。うん、うん……!」

 保子の言葉に感激した幸恵は、何度も何度も頷くと、天に拳を突き上げて言った。

「なんかあったらすぐに言う。約束だ! よおし。やってやる。孫のため、龍神様のため……! オラはやるぞー!」

 ひとり燃えている幸恵に、保子は小さく笑った。

「ほーんと。思い込んだら一直線のところ、幸恵と叶海ちゃんはそっくりだべな」

「ん? なにか言っただか? 保子。あ、料理か? 料理は諦めてけろ。今、誰かが腹を下したら堪ったもんじゃねえべ」

「待って、幸恵。それってどういうことだべか……」

「なんだ、保子が料理とかって聞こえたんだべども! 幸恵、止めれ! 絶対にやめさせれ!」

「みつ江までー!」

 わあわあと賑やかな声が、久しぶりに村中に響く。

 幸恵はお腹を抱えて大笑いすると、叶海がいるはずの方向に視線を向けた。

 ――待ってろ、叶海。婆ちゃんがなんとかしてやっかんな……!