同時刻――幸恵の店のカフェスペース。そこに、龍沖村の女性陣が集まっていた。

「あの子、どうしたもんかね」

 幸恵はため息を零しながら、蒼空が持ってきたみかんの皮に親指をめり込ませた。

 途端に、柑橘の爽やかな匂いが鼻を擽り、沈んでいた心を僅かばかり浮上させる。

 しかし、隣の部屋から泣き声が漏れ聞こえてきて、浮かび上がってきた幸恵の心は、あっという間に沈んでしまった。

「こればっかりはなあ。龍神様が決めたことだべ?」

 すると、沈痛な面持ちの幸恵に、みつ江が渋い顔をして言った。

 みつ江の言葉に追従したのは、保子だ。

「この村は龍神様あってのもんだ。あの方が決めたことに、オラたちが口を出しちゃなんねえよ」

「でも……」

 幸恵は表情を曇らせると、ちらりと隣の部屋に視線を投げた。

「あの子は、それはそれは龍神様のことが好きだった。みんなも知ってるべ?」

「そりゃあ……ねえ?」

「本人から聞いたもの。なあ?」

 すると曖昧に返事をしたふたりに、幸恵はどこか切なげに言った。

「好きな人のために、こんなド田舎に押しかけてくるくらいだ。オラたちが思う以上に龍神様を慕ってたんだべな。だから、記憶を抜かれてこんなに苦しんでる」

「…………」

 みつ江と保子は顔を見合わせると、しょんぼりと肩を落とした。

「こんなことになるなら、あん時に止めておけばよかったなあ」

「オラたち、焚き付けちまったからな。悪いことをした」

 それは、叶海がこの村に帰ってきて間もない時のことだ。雪嗣に社を追い出され、悶々としていた叶海に、みんなでこう言ってしまったのだ。

『オラたちが平和に暮らしていけるのは、全部龍神様のおかげだべ』

『龍神様への感謝の心は忘れちゃなんねえ』

『だから、龍神様には一番に幸せになってもらわねば。まずは嫁だな!』

『んだんだ! 叶海、頑張れ!』

 それまでの叶海には、どこか迷いがあったように思えた。しかし、幸恵たちの後押しで勇気づけられた叶海は、自分の恋心に自信を持ったように見えたのだ。

 ほんのり頬を染めて頷いた叶海。

 その姿は、今も幸恵たちの脳裏に焼き付いている。