――秋までは順調だったのに、なにもかもが上手く行かない。

 仕事も、人間関係も、体調も。

 ――全部、冬のせいだ。これだから冬って奴は。寒いし、乾燥しているし、昏いし。早く春になればいいのに。

 あくる日、広い庭にしんしんと降り積もる雪を眺めながら、叶海はぼんやりとそんなことを考えていた。寝転がりながら抱えているスケッチブックは真っ白。

 どうやらスランプに陥ってしまったようで、ちっとも絵を描く気になれない。

 最近は、アトリエにも近寄っていない。

 才能が涸れてしまったのかも知れない……そんな恐怖感ばかりが募る。

 更にはここ最近、身体がだるくて仕方がない。精神だって不安定だ。常にイライラしていて、なにかあると祖母に当たり散らしそうになる。なので、あまり顔を合わせないようにしていた。

「――どうしてこうなったんだろ……」

 仰向けになって、自分の状況を顧みる。

 別に、特段変わったことがあったわけではない。会社を辞めて、高齢の祖母宅で同居することになった。それだけのことだ。なのに――なぜだか歯車がかみ合っていないような、そんなもどかしさを叶海は感じていた。

 染みがついた天井をじっと見上げる。その瞬間、叶海は痛みに顔を顰めた。

「……うっ。もう、なんなの」

 突然襲いかかってきた頭痛に苛立ちを覚えつつ、ヨロヨロと台所へ向かう。
そして、戸棚から痛み止めを取り出して、口の中に放り込む。勢いよく水で流し込み、げんなりした様子で元の場所に戻る。

「もうやだ……」

 そして、ぐったりと横たわると、薬が効くまでの辛抱だと自分を励ました。

 こんな風に頭痛がするようになったのも、冬になってからだ。

 頻繁に襲い来る痛みのせいで、叶海はここ最近眠れていなかった。

 肌もボロボロ、寝不足のせいか色々なことがしんどくて、なにかの天罰が下ったのかと疑いたくなるくらいだ。

「今日も無理。いいや、寝ちゃおう」

 スケッチブックを遠くへ追いやって、座布団を枕代わりに仰向けになる。

 そして、ゆっくりと目を瞑ると、ぽつんと呟いた。

「私って、こんなに諦めが早かったかなあ……?」

 すると、瞼の裏にチカチカと温かい光が見えた様な気がした。

 ――あ。またあの夢を見るのかも……。

 そのことに気が付くと、死にかけていた叶海の心が見る間に復活する。

 冬になってから表れた叶海の異変は、なにも悪いことばかりではなかった。