「あのさ、今度……こないだみたいに、気晴らしに連れて行ってよ」

「あん? 動植物園のことか?」

「そう。楽しかったなあって思って」

 すると、蒼空は顔だけ叶海に向けると、どこか期待の籠もった眼差しを向けた。

「お前……あの日のこと、覚えてんのか」

 その言葉に、叶海は小さく首を傾げる。

「なに当たり前のこと言ってるのよ。覚えてるに決まってるでしょ。秋の話よ?」

 そして、うーんと唸りながら宙に視線を泳がせると、指折り数えながら言った。

「動植物園で動物に餌やって、香水作って、うどん食べて、そんでバイクで帰った。うん……ほら、覚えてるでしょ」

「その後のことは?」

「――え?」

 叶海はキョトン、とすると、へらっと気の抜けた笑みを浮かべた。

「家に帰って寝たよ? どうしたのさ。変なこと聞いて」

「いや……」

 蒼空は表情を堅くすると、なんでもないと首を横に振った。その様子を怪訝そうに見つめた叶海は、あっと小さく声を漏らして手を叩く。

「もしかして疲れてる? 最近、忙しそうだし。てか、葬式でもないのに坊主が忙しいって、どういうこと? 蒼空のお父さん、選挙でも出るわけ?」

 蒼空の父親は、寺の元住職であり地元の権力者でもある。なので、いつかは政治の世界へ進出するのではないかと噂されていたのだ。

 すると蒼空は苦笑を漏らすと、ヒラヒラ片手を振って言った。

「ちげえよ。ちょっと……色々と根回しが必要でな」

「…………?」

「ま、お前が気にすることじゃねえよ。んじゃな、また来るわ」

 そう言って、蒼空は部屋を後にした。ぴしゃん、と玄関の引き戸が閉まる音がする。その瞬間、叶海は盛大にため息を零すと、またごろりと横になった。

「……なによ。たったひとりの幼馴染みなんだから、教えてくれたっていいじゃない」

 モヤモヤしたものを感じて、叶海は、赤々と燃えるストーブの火を眺めながら目を瞑る。しかしどうにも心がざわついて、叶海は足をバタバタと動かすと、途端に脱力して、ひとりごちた。

「私ってば、どうしてこう……苛ついてるんだろう」