「あ、わわわ……」

 しかし、途端に袖がはだけてきてしまい、立ち止まって身だしなみを整える。

「いけねえ、いけねえ。これだからオラは駄目なんだ」

 ――神様の嫁になるのだから、こんなことでは村のみんなに笑われてしまう。

 村を守る龍神様……雪嗣の嫁となるからには、誰からも尊敬される素晴らしい女性であらねばならない。そう考えた梅子は、勢いよく顔を上げた。

 ――よっし。まずは顔からだべ。上品に。キリッと引き締めるんだ。

 すう、はあと深呼吸をした梅子は、顔面に力を入れる。

「うっ……ふふふ」

 しかしすぐに顔が緩んできてしまい、内から湧き出てくる喜びの感情を発散するように、パタパタと足踏みをした。

「やめたやめた! 今日ばっかりは仕方ねえべ。だって……」

 梅子はそう言って、ちらりと風呂敷包みの中を覗いた。

 そこに入っていたのは色打ち掛けだ。

 梅子の母が嫁入りの際に使用したもので、元々は江戸の町から質として流れてきたものなのだという。様々な人の手を渡ったせいか、幾分か痛んではいたものの、赤地に刺繍された花々は見るも艶やかで、農村暮らしで華やかさとは無縁の梅子からすれば、極上の品に思えた。

 それを――やっとのことで結婚の許諾を得た梅子に、母がくれたのだ。

『おめえが結婚する時、着せてやろうって思ってな。生活が苦しくても、これだけは手放さなかったんだ』

 年老いてしまった母が、ささくれ立った手で渡してくれた婚姻衣装。

 こんな素敵なものを貰ったのだから、浮かれてしまっても仕方がない。

 むふふ、と上品とはほど遠い笑みを浮かべた梅子は、上機嫌で歩みを再開した。

 ふと遠くを見ると、山の上にぽつんと小さな明かりが見える。

 ――ああ。あそこに。オラの神様がいる。

 軽やかに歩く梅子の脳裏には、輝かんばかりの未来図が浮かんでいる。

 紋付き袴を着た雪嗣、その隣には色打ち掛けを纏い、美しい化粧を施された自分。

 誰からも祝福され、愛する雪嗣と歩む輝かしい未来――。

 梅子は嬉しげに目を細めると、まるで愛しい人にするかのように、風呂敷包みを強く抱きしめた。