「えっ……!」

 ちゅ、とリップ音が聞こえて、かあ、と叶海の顔が熱くなる。けれど、すぐに違和感を覚えて顔を顰めた。ぐにゃりと視界が歪み、平衡を保てなくて身体が傾ぐ。倒れないように手に力を込めようとしても、どうにも上手くいかない。

「……な、に。これ……?」

「大丈夫だ。じきに落ち着く」

「雪嗣……?」

 雪嗣は叶海を抱きしめると、どこか泣きそうな顔になった。

「お前の気持ちは受け取った。ありがとう。でもきっと、その想いもすぐに忘れる」

「そん、な……! そんなこと!」

 激しい目眩の中、叶海は必死に首を振る。けれど、雪嗣は叶海の頭を優しく撫でると、どこか諦めたような口調で続けた。

「お前の……俺に関するすべての記憶をもらい受ける」

「……嘘。雪嗣、やめて……」

「すべてを忘れて平和に暮らすんだ。叶海には都会が似合う。こんな、なにもない田舎よりも……」

「嫌よ!」

 叶海は大声で否定すると、雪嗣をキッと睨みつけた。

「ここには都会にないものがある。綺麗な風景も、お婆ちゃんも、村のみんなも、蒼空も……私の大好きな人も!」

 その瞬間、激しい頭痛に見舞われて、叶海は盛大に顔を顰めた。

 ――ああ、なにかが頭から流れ出ていく感覚がする。

「雪嗣。ねえ、お願い。やめて……。私から初恋を取らないで!」

 しかし、叶海の願いも虚しく、雪嗣はゆっくりと首を横に振った。

「駄目だ」

 そして雪嗣は叶海の視界を手で塞ぐと、まるで子どもを寝かしつける時のように静かな口調で続けた。

「今まで一緒に居られて嬉しかった。飯も美味かったし、色々と世話をかけた。本当にありがとう……」