――あの頃は本当に楽しかった。なにも考えずに笑っていられた。

 子どもは限りなく自由だ。たとえ大人の庇護下という、狭い世界の中でしか生きられなかったとしても、思いのまま羽を伸ばしている。誰を好きになっても赦されたし、誰かと喧嘩したとしても、翌日にはすっかり仲直りできた。
 でも――今は。大人になった叶海たちは――……。

「……うう」

 ――今日くらいは忘れようって、蒼空も言ってくれたのに。

 ぽつりと熱い雫が叶海の瞳から零れる。

 落ちた涙は、器の中に落ちて波紋を広げた。叶海は肩を震わせると、波のように襲い来る哀しみを必死に耐える。

「――泣くな。ブスになってんぞ」

 その時、ぽんと蒼空が叶海の頭に手を置いた。やや乱暴な手付きで叶海の頭を撫でると、隣に腰掛けて叶海を見つめる。

「ブスってなによ……」

「じゃあ馬鹿だな。叶海は救いようがねえくらいの馬鹿だ」

「蒼空!」

「だって、本当のことだからな」

 すると蒼空は、グスグス鼻を鳴らしている叶海をじっと見つめ、ぽつんと呟いた。

「重症だな……」

 そして、蒼空はぐいと叶海を自分の方へと引き寄せると、どこか苦しげに言った。

「どうして気づかねえんだよ。一生、心が届かない相手に焦がれ続けるより、もっと身近にいい男がいるだろが」

「……え?」

 すぐに意味が理解できなくて、叶海は涙で濡れた瞳で蒼空を見つめた。

 垂れ目がちな蒼空の瞳に、得体の知れない熱が籠もっているように見えて、どきりとする。いつもは飄々としている癖に、いやに真剣な表情で見つめられて、叶海は自身の鼓動が早まっていくのを感じていた。