すると叶海はパッと顔を輝かせ、心底嬉しげに口もとを綻ばせた。

「ごめんね、全部私が悪いの。雪嗣のこと……改めて好きになっちゃったから」

 あけすけな叶海の言葉に、雪嗣は益々顔を赤らめる。そんな雪嗣の様子に、若干調子に乗った叶海は、彼の純白の髪にそっと触れて囁いた。

「だから私をお嫁さんにして」

 すると、雪嗣は困り果てたように眉を下げた。

「……嫌だと言ったら?」

 雪嗣の拒絶の言葉に、しかし叶海は更に笑みを深める。

「彼女でもいるの?」

「い、いや……」

「なら、諦めない」

 そして、愛おしそうに雪嗣を眺めた叶海は、どこか自信たっぷりに言った。

「私、きっといいお嫁さんになるよ」

 今の叶海にとって、「初恋の呪い」は既に効力を失っていた。

 ……いや、失ってはいない。それは死神のような禍々しいドレスを脱ぎ去り、美しい天女へと姿を変えて、叶海を見守ってくれている。

 ――ああ! 甘酸っぱい感情が身体の中に充ち満ちて、今なら空も飛べそう。

 叶海は熱っぽい眼差しを雪嗣へ向けると、会心の笑みを浮かべた。

 すると雪嗣は大きく息を吐き、脱力して天を仰いだ。

 風に乗って、はらはらと桜の花びらが舞い降りてくる。

 雪嗣は宙を楽しげに踊る桃色の欠片に僅かに目を細めると、しみじみと呟いた。

「……どうしてこうなったんだ……」

 ぽつりと零れた龍沖村の守り神の嘆き。
 それは、春の暖かな風に流され、すぐに消えてしまったのだった。