「……大丈夫かな」

 どことなく不安になって、叶海はひそりと眉を顰めた。

 和則は、雪嗣が最も頼りにしていたという氏子だ。

 産まれた時から、ずっと成長を見守ってきた人。そんな相手の死とは、どれほど心に負担がかかるのだろう。わが子を失うも同様の衝撃があるのではないだろうか。

 きっと、とても哀しいはずだ。そして寂しくもあるだろう。

 ――でも、私にはなにもできない。

 叶海は拳を強く握りしめると、雪嗣の姿から視線を外した。

 けれど、どうしようもなく心がざわついて、すぐに視線を戻す。

 しかし、すでにそこから雪嗣の姿は消えていた。

「ああ。……もう!」

 叶海は内から溢れてくる感情に耐えきれず、かくりとその場に膝をついてしまった。

 未練たっぷりな自分に呆れながらも、雪嗣を慰めに行きたい衝動を必死に堪える。

 すると、叶海と同じように手伝いをしていた祖母の幸恵が声をかけた。

「どうした?」

「あ、ううん。なんでもない、少し疲れが出ちゃっただけ」

 すると、叶海は素早く愛想笑いを顔に貼り付けた。

 幸恵は僅かに片眉を上げると、疑わしそうに叶海の顔を覗き込む。

「本当か?」

「やだなあ! お婆ちゃんったら。心配性なんだから」

 叶海はヘラヘラと軽薄そうな笑みを浮かべると、幸恵を見上げて訊ねた。

「ねえ、お婆ちゃん。俊子さんって、これからどうするの? 和則のじっちゃんがいなくなったら、この家で一人暮らしするの?」

 叶海はちらりと室内を見渡した。古くからの農家を改築したと言うこの家は、普通に考えて、ひとりで住むには広すぎるように思う。

 すると幸恵は僅かに逡巡してから、どこか弱々しく笑って言った。

「都会の息子さんの家に行くそうだ。この家は売るんだと」

「……そっか。みんな、寂しがるだろうね」

 そう言うと、叶海はそのままフラフラと危なげな足取りで台所へと向かった。

「…………」

 叶海が去った後も、幸恵はその場からすぐには動かなかった。じっと外を見つめ、叶海が見ていた方角に雪嗣の社があることに気が付いて、ため息を漏らす。

「まったく、若いもんはこれだから」

 幸恵は小さく肩を竦めると、ゆっくりとした足取りで、皆が忙しくしている台所へと向かったのだった。