一方、叶海が去った雪嗣の家。

 そこでは、青ざめた表情をした雪嗣が襖の前でひとり立ち尽くしていた。

『雪嗣。……好きだよ』

 最後に叶海が言い残した言葉。それがあまりにも胸に痛くて、ずるずるとその場に座り込んで頭を抱える。

「俺はなんてことを」

 そして自身の愚かさを呪いながら、ぐしゃりと自分の髪を手でかき混ぜた。

 雪嗣は梅子という女性を愛している。

 彼女が亡くなって、すでに数百年の時が流れた。

 梅子のことを思うと、今も胸が締めつけられそうになる。

 やっとのことでもぎとった婚姻の許可。人と神の婚姻など、昔話や民話ではよく聞くものの、実際に実現させようとすると様々な困難があった。

 なのに、すべてが台無しになってしまった。愛する人は、突然雪嗣の前から姿を消してしまった。それも……雪嗣が管理するべき川に落ちて死んだのだ。

『帰ってくる』――その言葉だけを遺して。
 
 それからというもの、雪嗣は自身の無能さに苦悩しながらも、ずっと彼女が生まれ変わってくるのを待ち続けているのだ。何年も何年も、それこそ何百年もの間――。

 人からすれば永遠とも思える時の中、雪嗣に芽生えた感情は、ずっと色褪せることはなかった。神である雪嗣が初めてした恋。眩いばかりに輝きを放つその感情は、常に雪嗣の心の中心で存在を主張している。

 雪嗣の心は梅子のものだ。神である以前に、ひとりの個人として梅子だけ(・・)を愛している。その証拠に、今まで誰にも惹かれることはなかった。
誰に言い寄られようとも、心はぴくりとも動かなかったのだ。

 だから、雪嗣の梅子への愛は確固たるものだ。――その、はずだった。