雪嗣に褒めて貰ったと、馬鹿みたいに喜んだ自分。意気揚々と押しかけ女房だと乗り込んできた自分。胃袋を掴むのだと、張り切って料理を作った自分……。

 すべてが無駄だった。この数ヶ月の叶海の行動は、なにもかもが無意味だった!

 雪嗣と作ってきた思い出も、それを大切に温め続けてきた自分も、すべてが虚しく思えて、叶海は顔を歪めると、投げやりに言い放った。

「本当に酷い神様だね。私のことなんて好きじゃない癖に」

 すると、雪嗣の顔がくしゃりと歪んだ。

 雪嗣は胸に手を当てると、勢いよく首を横に振る。

「違う! 俺は。俺は……。違うんだ。叶海。違うんだ……」

 雪嗣は、何度も何度も「違う」と繰り返した。

 その姿は、まるで心の内でなにかと戦っているようでもあった。

 ぽろり、雪嗣の瞳から大粒の涙が零れる。

 そして……雪嗣は酷く弱々しい声で言った。

「――ああ。叶海。どうか、自分は梅子だと言ってくれ」

「…………っ!」

 その瞬間、叶海は思いきり右手を振りかぶった。

 バチン、と鋭い音がして、雪嗣の頬が赤くなる。

 叶海はじんじん痛む手を握りしめると、その場から逃げ出した。

 玄関から飛び出して、裸足のまま境内を駆ける。

 すると、社の角を曲がろうとしたその時だ。

 どん、と誰かとぶつかってしまった。

「あ、ごめ……」
 涙で濡れたままの顔でその人を見上げる。

 するとその人は、驚いたような顔をした後、酷く優しげに笑った。

「大丈夫か、叶海」

 それは、もうひとりの幼馴染みである蒼空だ。

 その瞬間、叶海の中で張り詰めていたものがふつりと切れた。

「うう……っ!」

「お、おい。どうしたんだよ」

 叶海は蒼空の胸に抱きつくと、声を殺してひたすら泣き続けたのだった。