叶海は手近にあったスケッチブックを手にすると、急ぎ足で玄関に向かった。

 すると、そんな叶海を雪嗣が追いかけてきた。

 その場を立ち去ろうとする叶海の腕を取り、今にも泣きそうな顔をしている。

「すまん。悪かった。今のは忘れてくれ」

 その言葉に思わず叶海は鼻で笑ってしまった。そんな簡単に忘れられるようなら、この世に諍いはなくなっていることだろう。

「俺にはもう、そう長く時間が残されていない。お前が梅子の生まれ変わりかも知れないことは、俺の中での救いだった。だから、焦っていたんだ」

 ――ああ。この人もそうなのか。

 その瞬間、叶海の中で、すとん、と腑に落ちた。

 過去に抱いた感情に、何年経っても、いつまで経っても囚われている。
そんな雪嗣の症状に、叶海は覚えがあった。

 ――『初恋の呪い』。

 雪嗣と叶海は同じだ。同じ――『呪い』にかかっている。

 いや、叶海以上にその『呪い』に雁字搦めに囚われている――。

 ――憐れだな。この人も、私も。

 叶海は表情を和らげると、雪嗣にそっと声をかけた。

「雪嗣は、梅子さんを心から愛してるんだね……」

 そして雪嗣の頬に手を伸ばすと、彼の滑らかな頬を撫でる。

 その時、叶海の頭の中にはグルグルといろんなことが渦巻いていた。