――ここで泣いたら負けだ。なによ、元々は捨てようと思ってた恋じゃない。

 それが、絶対に無理だったとわかっただけだ。寧ろ、当初の目的を達成したようなものじゃないか。ぎゅう、と服を握りしめて耐える。

 必死に自分に言い聞かせて、心が負けてしまわないように、急ごしらえの鎧を纏う。

 けれど、目の前の雪嗣が。
 叶海が心から求めてやまない人が――。

 じんわり濡れた瞳で、希うように叶海を見つめているものだから。

 粗野な作りの鎧なんてあっという間に崩れ去って、叶海の心は削れていった。

「私、帰る」

 叶海は勢いよく立ち上がると、己の発言のおかしさに気が付いて変な顔になった。

 自分の住まいはここなのに、どこへ帰るというのか。

 ……ああ。祖母宅がある。駄目なら、アトリエでも、蒼空の家にでも逃げ込めばいい。なにはともあれ、一刻も早くここから立ち去りたい。じゃないと――雪嗣に聞くに耐えない暴言を吐いてしまいそうだ。