そこまで語り終えると、雪嗣は長く息を吐いた。そして、髪を結ぶ赤い布に指で触れながら、どこか沈痛な面持ちで続けた。

「その後、俺は梅子の死をなかなか受け入れられなかった。愛する人が突然いなくなってしまったことは、たとえ神であろうとも受け入れが堅かったんだ。でも――気が付いたんだ。俺は『神』だ! 人よりも遥かに長い時を生きる。だから、彼女が帰ってくるのを待てる(・・・)のだ、と!」

 話が終わりに近づくにつれ、徐々に語尾が強まってきた雪嗣に、叶海は僅かに恐怖を覚えていた。

 彼の榛色の瞳は叶海を見ているようで、まるで見ていない。

 この人は――自分の向こうに「梅子」という人物を見ているのだと、気が付いてしまったからだ。

 胸が痛い。息がうまく出来ない。情報が上手く整理出来ずに、どうすればいいかわからない。そう思って、叶海が途方も泣く逃げ出したくなっていたその時だ。

 突然、語尾を和らげた雪嗣が叶海に訊ねた。

「叶海、俺と初めて会った時のことを覚えているか」

「……雪嗣と? もちろん、覚えているけど」

 とりあえずは、梅子の話題は終わったらしい。

 そのことに胸を撫で下ろした叶海は、当時のことに想いを馳せる。

 叶海が雪嗣と出会った最初の日。

 それは、叶海が小学校の上がる前のこと。蝉が五月蠅いくらいに鳴くある夏の日だ。

 親が忙しいと構ってくれず、不貞腐れた叶海は家の前にある木陰でぼんやり空を眺めていた。その時、雪嗣が声をかけてくれたのだ。

『お前――なにをしているんだ?』

 その時、雪嗣の姿を初めて見た叶海は、一瞬で心奪われてしまった。

 木漏れ日の中から見た雪嗣は、元々色素が薄いからか、まるで太陽の光そのもののように輝いて見えた。まるで人形のように整ったその容姿も、訛りのないその口調もすべてが叶海を惹き付けて止まなかった。

 それが、叶海が雪嗣と出会った記念すべき日だ。

 叶海がその日のことを忘れるわけがない。