そこまで雪嗣が語り終えると、叶海は止めていた息をやっとのことで吐き出した。

 ――どうして、その梅子とかいう人は私と同じことを言ったのだろう。

 酸欠で頭がクラクラして、上手く思考ができない。

 しかしそんな叶海に構わず、雪嗣は静かな口調で話を続けた。

「梅子はいつだって明るくて、前向きで。俺を笑顔にしてくれた」

「…………っ」

「俺はそんな梅子が好きだった。多分、初恋というものだったのだと思う」

「…………止めて!」

 すると、叶海は雪嗣の口を塞いだ。好きな人、それも――宝物だと思えるくらいの相手の口から、誰かへの恋心なんて聞きたくなかったからだ。

 そして雪嗣の口からそっと手を離すと、叶海は叫び出したくなるのを堪えながら、必死の想いで訊ねた。

「それで……その人とはどうなったの?」

 すると雪嗣は物憂げに瞳を伏せると、平坦な口調で言った。

「結局は結ばれなかった。梅子は――祝言を挙げる前に死んでしまった」

 それは、梅子の父親がようやく婚姻を許してくれた晩のことだ。

 梅子は、母親から譲り受けた婚姻衣装を雪嗣に見せるために、雪道をひとり急いでいたのだという。しかし、途中で足を滑らせて川に落ちてしまった。

 眷属である水に異変を知らされた雪嗣は、急いで梅子のもとへと向かったのだという。そして――川辺で倒れている梅子を見つけた。極寒の川に落ちた梅子は、辛うじて生きていたものの――そう、長くは命が保たなかった。

 その時に、まるで残り少ない命の灯火を使い切るかのように、梅子はこう言い遺したのだ。

『絶対に、龍神様のお嫁になるために帰ってくる。待っていておくれ』