そんな雪嗣に、心の余裕なぞあるわけがない。

 この頃の雪嗣は、今よりも厳粛に人々と距離を置いていた。

 村人とは決して馴れ合わず、必要なことを長と話すだけ。そんな淡泊な関係でいた。

 雪嗣がそうしようと思ったのは、神としての使命感、そして――。

 短命な人間に置いて逝かれる事実から、自分の心を守るためでもあった。

 その甲斐もあり、雪嗣は村人たちから畏れられ、敬われていた。

 ひとり高台にある社に棲まい、孤独に村を守り続ける日々。

 雪嗣自身、寂しく思う時もあったし、誰かの笑い声を恋しく思うこともあった。神とはいえど、人と同じように心があるのだ。ひとりが辛い夜もある。

 しかしそれは仕方のないことで、神なのだから耐えるべきなのだと、雪嗣は初めから諦めていた。しかし――。

『龍神様、いい男なんだからもっと笑った方がいいべ』

 あるひとりの村娘が、そんな雪嗣を変えていった。

 娘の名は梅子。梅の花が満開の頃に生まれたからと名付けられたその娘は、まるで春を告げる花のような、温かく可憐な微笑みを持っていた。

 その娘は、硬く心を閉ざした雪嗣のもとへと足繁く通った。