「もう描かないのか?」

「流石に疲れたから」

 すると雪嗣は、どこか期待に満ちあふれた表情で叶海に言った。

「完成したら見せてくれないか。それ、俺だろう?」

「しばらくかかるよ? 仕事優先するし」

「構わない。楽しみにしている」

 叶海は自分の顔が熱くなるのを意識しながらも、こくりと頷いた。

 すると、雪嗣は朝焼けに燃える空を見上げた。

「人間は本当にすごいな。神の被造物だったはずなのに、知らぬ間に自分たちでなにかを創り出していく。それは生活を便利にするための道具から、心を豊かにする芸術まで様々だ。本当に感心する」

 清らかな朝の光が、雪嗣の白い髪を暁色に染めている。

 叶海は一瞬だけ雪嗣の姿に見蕩れると、思い切って彼に訊ねた。

「ねえ、この村に人がいなくなったら雪嗣はどうなるの?」

 それは叶海がずっと胸に抱いていた疑問だった。

 あの春の日、雪嗣が龍沖村を守る龍神だと知ってから、考え続けていたことだ。

 この村には高齢者しかいない。人は移ろいゆくものだ。不変ではなく、いつかはいなくなる。人々を守り、そして彼らのために存在している雪嗣は、もしここに誰も住まなくなったらどうなるのかと疑問だった。

 すると、雪嗣はじっと叶海を見つめた後、どこか眩しそうに目を細めて言った。

「別にどうもなりはしない。最後のひとりを見送ったら、後は朽ちていくだけだ」

「……朽ちる?」

「お前は知らないだろうが、神にも死は訪れる。神の存在を支えているのは、氏子の祈りや想い、供物だ。誰にも信じられなくなった神は、新たな力を手に入れることが叶わなくなって、誰にも知られないまま消えて行く」