祭りは一晩中行われ、朝日で空が白み始めた頃に解散となった。

 帰り際、村人たちは代わる代わる雪嗣のもとを訪れ、挨拶をしていった。

「来年も、どうぞよろしく頼みます」

「米はお前のところのが一番出来がいいからな。来年も期待している」

「ありがとうごぜえます!」

 雪嗣はひとりひとりに違う言葉をかけ、笑みを交わす。祭りの間中、村人たちから何度も酒を注がれ、かなりの量を飲んでいるはずなのに、顔色ひとつ変えず対応する姿は凜々しい。村人たちからの言葉をしっかりと受け止め、温かな言葉をかけてやる様は、普段の印象とはまるで違った。

 ――ああ、本当に雪嗣は龍神なんだなあ。

 そんな今更なことを考えながら、叶海は自分に与えられた役目を全うした。

 叶海は、村人たちが三々五々帰って行くのを見送ると、ようやく『贄さん』の衣装を脱ぐことができた。化粧を落としてホッと一息ついた叶海は、なんとなく縁側に座る。疲れ切ってはいるが、頭が冴えてしまって眠れそうにない。仕方がないので、眠くなるまで縁側でのんびり過ごそうと思ったのだ。

「……はあ」

 朝日が眩しい。先ほどまでの喧噪はどこへやら、鳥の鳴き声だけが響く境内はまるで別世界のようで、祭りの後の静けさほど寂しく思えるものはない。

 ――雪嗣の顔。あれは一体なんだったんだろう。

 あの時の雪嗣の表情に似たものを、叶海は一度だけ見たことがある。
あれは初夏の頃。穢れに驚いて階段を落ちそうになってしまった叶海を、雪嗣が助けてくれた時のことだ。確かに視線は合っているのに、まるで自分の向こう側を見られているような感覚。その時は、まるで自分が透明人間になってしまったような気がして、とても不安になったことを覚えている。

 ――よくわかんないや。

 答えが出ないことを考えていても仕方がないと、叶海は早々に思考を放棄した。