気合い充分に拳を握りしめている叶海に、後片付けを終えた幸恵はおざなりに返事をして、まるで花嫁の付添人のように斜め後ろへ控えた。そして、普段の訛りきったものではなく、少し気取った口調で言った。

「さあ、『贄さま』。龍神様のお傍へ」

 ――わ。なんか、変な感じ。

 これも習わしのひとつなのだろうか。祖母の行為を少し擽ったく思いつつも、叶海はしずしずと歩き出した。

 ――雪嗣、どういう反応をするだろう。

 期待と不安で胸がいっぱいになり、自然と足が鈍る。すると、後をついてきていた幸恵が、クスクス楽しげに笑いながら言った。

「大丈夫だ。心配すんな。叶海は綺麗だぞ」

「……お婆ちゃんってば、なんでもお見通しだね」

「歳をとるってそういうことだべ」

 得意げに胸を張った幸恵を横目で見ながら、叶海は気持ちを整えるために、ゆっくりと息を吐いた。

「きっと、雪嗣も褒めてくれるよね」

 ――いつもとは違う衣装。違うメイク。いつもの私だったら、いつもと同じ結果しか得られないだろう。でも、今日の私なら。役目とは言え、仮初めの花嫁の姿をした、今日の私なら……。

『叶海、綺麗だよ』

「うっ……!」

 一瞬、雪嗣がうっとりと自分に見蕩れている光景を想像して、叶海の息が詰まる。

 するとその瞬間、背後から盛大なため息が聞こえた。

「なあに馬鹿なこと考えてんだっ!」

「わ、わわわ……! 転っ……!」

 苛立った幸恵の声と共に、どんと背中を押される。あまりにも勢いよく押されたので、叶海は何歩かたたらを踏んだ。折角、綺麗に着付けて貰ったのに、転んだらすべてが台なしだ。懸命に足を踏ん張る。結果、転ばなくて済みはしたが――。