恐ろしいことに、この村でもかつては生贄が奉げられていたのだそうだ。
しかしそれは、雪嗣が来る前の話だ。
この龍沖村という土地は、元々水害に遭いやすい場所だった。荒ぶる水神を慰めるために生け贄が用意された訳なのだが、雪嗣のおかげで水害もなくなった。
しかし、どうしたことか生贄という風習だけが遺ったのだ。
もちろん、今の時代に於ける生贄は、命を捧ぐ役目を担っている訳ではない。収穫祭に於いて雪嗣の隣に侍り、酌をする。神を歓待するための役目なのだ。
とはいえ、実際に行われた生贄の儀式の名残はあり、『贄さま』に選ばれた女性は、一時的に神の花嫁とされる。そのための婚姻衣装だ。しかし、生贄が生者のままではいけないので、死者であるために色打ち掛けの下に死に装束を纏う。
そして『贄さま』に選ばれるのは、この村に定住し、未婚で妙齢、更には村一番美しい女性なのだそうだ。過疎化が進んだせいで、ここ十数年は『贄さま』役がいなかったそうだから、小学校の頃に村を出た叶海が知らなかったわけである。
「ほれ、動くな。紅が綺麗に差せねえべ?」
「うう。本当にそんなに真っ赤なのを塗るの?」
「なにを子どもみたいなこと。我慢すんべ!」
「だって、普段はこんな派手な色は塗らないもの……」
叶海が情けない声を上げている間にも、幸恵は慣れた手付きで支度を進めていく。
「文句ばっかり言うでねえ。『贄さん』は、龍神様に負けねえくらいに美人でねば。それに昔っから、真っ赤な唇は色っぺえもんだって決まってる」
すると、不安そうに眉を顰めた叶海は、ちらりと姿見に目を向けた。
しかしそれは、雪嗣が来る前の話だ。
この龍沖村という土地は、元々水害に遭いやすい場所だった。荒ぶる水神を慰めるために生け贄が用意された訳なのだが、雪嗣のおかげで水害もなくなった。
しかし、どうしたことか生贄という風習だけが遺ったのだ。
もちろん、今の時代に於ける生贄は、命を捧ぐ役目を担っている訳ではない。収穫祭に於いて雪嗣の隣に侍り、酌をする。神を歓待するための役目なのだ。
とはいえ、実際に行われた生贄の儀式の名残はあり、『贄さま』に選ばれた女性は、一時的に神の花嫁とされる。そのための婚姻衣装だ。しかし、生贄が生者のままではいけないので、死者であるために色打ち掛けの下に死に装束を纏う。
そして『贄さま』に選ばれるのは、この村に定住し、未婚で妙齢、更には村一番美しい女性なのだそうだ。過疎化が進んだせいで、ここ十数年は『贄さま』役がいなかったそうだから、小学校の頃に村を出た叶海が知らなかったわけである。
「ほれ、動くな。紅が綺麗に差せねえべ?」
「うう。本当にそんなに真っ赤なのを塗るの?」
「なにを子どもみたいなこと。我慢すんべ!」
「だって、普段はこんな派手な色は塗らないもの……」
叶海が情けない声を上げている間にも、幸恵は慣れた手付きで支度を進めていく。
「文句ばっかり言うでねえ。『贄さん』は、龍神様に負けねえくらいに美人でねば。それに昔っから、真っ赤な唇は色っぺえもんだって決まってる」
すると、不安そうに眉を顰めた叶海は、ちらりと姿見に目を向けた。

