柊叶海(ひいらぎかなみ)がステップを降りると、プシュ、と気の抜けた音がして、路線バスの扉が閉まった。

 走り去るバスを見送り、傍らに置いたスーツケースを持ち直す。そして辺りをぐるりと見回すと、大きく息を吸い込んだ。

「……うーん! 空気が綺麗!」

 若葉が茂る山の緑、山間に僅かに残った平地に広がる田園、遠くにポツポツと見える民家――。春の柔らかさを含んだ陽の光は、まるで叶海を歓迎するかのように、村の中央を流れる川面を煌めかせている。

 その瞬間、ふわりと優しい風が叶海の頬を撫でていった。

 叶海の艶やかな黒髪が風に靡く。年頃は二十代後半。栗色の大きな瞳を何度か瞬かせた叶海は、白いワンピースの袖を手で押さえ、都会の喧噪とはまるで違う、草の上を渡る風の音に耳を澄ませる。

そして、ようやく到着できたことに安堵の息を漏らした。

 ここは東北にある村で、龍沖村という。

 叶海が小学校を卒業するまで過ごした場所でもあり、訪れたのは十年ぶりだ。

「結構変わったなあ。空き家が増えてた……」

 赤錆が浮いたバス停を眺め、叶海は小さく息を漏らす。

 昨今の少子高齢化の煽りを受け、ここ龍沖村も過疎化が進んでいた。放置された耕作地なども散見され、徐々に人がいなくなりつつあるのが窺える。

 一抹の寂しさを覚えつつも、叶海はバス停の向こうにある石段を見つめた。山の上まで続く階段を上った先……そこの神社に、目的の人物が居るはずだ。

 コクリと生唾を呑み込むと、スーツケースを握る手に力を籠める。

 気持ちいいくらいの陽気だというのに、緊張のせいか手に汗が滲んできた。

 ――怖じ気づくな。頑張れ、私……!

 叶海は自身を鼓舞すると、ゆっくりとした足取りでそこへ向かった。
 絶対に「呪い」を解いてやる。そんな決意を胸に抱いて。