昼休みになると、江口が俺のところへやってきた。

彼は朝の話の続きがしたいとのことで、一緒に食堂へきて欲しいと言ってきた。
俺は美姫を連れて━━━と言うより、勝手についてきただけだが━━━食堂へ行くと、適当に端の方の席に座った。

「誰あの子?」「転校生の子らしいよ」「めっちゃ可愛くね?」「お前話しかけてこいよ」
ちらほらとこちらに目線を寄越す生徒が見える。

二日間まるっきり付き添われているから忘れてしまっていたが、そういえば美姫は控えめに言っても相当可愛い。
おかげさまで横にいる俺が殺されそうな視線に晒されているが…

「ごめんごめん、待たせたね」

「いや、大丈夫」

「思ってたより食堂って人が多いんだね」

美姫は、食堂にいる生徒の多さに瞠目していた。彼女が見た先にいる男子生徒は皆スッと目を逸らしたり、自分の昼食に集中している風を装い始める。

「いつも人が多いから、学食をもらうのにも結構並ばないといけないんだよね」

「そうなんだ! ねぇ夏眠、今度一緒に学食を食べようよ」

「今度な、とりあえず今は話を優先したい」

美姫が甘えてきているだけで相当な殺気を感じると言うのに、ここで変に彼女と言い争っても仕方がないので、適当に話を促した。

「あはは、そうだね、俺らが考える当日の流れとしては、今朝話した内容そのままなんだ、そこで、神崎にはいつ頃会場の用意ができるのか、あと費用はどうするべきなのか聞きたくて」

「あぁ、場所と費用は気にしなくて良い、明日にでも会場の住所を送るわ」

「本当か?! マジで頼りになるよ神崎!!」

「当たり前でしょ! 私の彼氏なんだもん!」

喜びの現れか俺の手を掴んで感謝を伝えてくる江口に、美姫は周りにも聞こえるような声で自慢げにそう言った。

「か、彼氏?!」「嘘だろ…あの冴えない野郎が?」「いやいやいや、ありえないだろ!」

おかげさまで周りから驚愕の声が漏れ聞こえてくるが…

「あのなぁ、俺は別にお前の彼氏なんかじゃねえって」

「そ、そんな…同じ家に住んでいるというのに……」

おいおいこいつは正気か?!

「ごめん江口、俺もう行くわ」

ある事ないこと言いふらす美姫に、俺は焦って彼女を食堂から引っ張り出した。

「どういうつもりだ」

「夏眠が一言私の彼氏だって言ってくれればいいのに」

「俺らはまだ高校一年生だぞ!」

「恋愛に年齢は関係ないもん」

「責任が取れない発言はやめろ!」

「じゃあ私の責任をとってよ」

彼女の言葉に、俺は固まった。
つまり、この一件で皆が俺らをカップルとして扱うようになるから、その責任をとって本当の意味での彼氏になれという事だ。

時に虚偽でも、大衆がそうだと言えば真実になってしまうとはこういう事なのだろう。

もう本当に何を言っても無駄なことに気がつくと、逆に冷静になれるものだ。

沈黙を肯定ととったのか、美姫は嬉しそうに「やっと認めてくれたね」と言ってきた。

俺は諦めてその後は教室に戻り、いつも通りの授業を受けた。

放課後になると、美姫は昨日と同じように俺の腕に自分の腕を巻き付けながら下校した。

「今日は一緒に買い物行こうよ!」

「いや、普通に帰って寝たいんだけど」

「えー、折角の良い天気なんだから、一緒にショッピングしたい!」

「嫌だ」

「ねぇ〜、お買い物し〜た〜い〜!!」

「わかったわかった! わかったから腕を揺らすな!」

「えへへ〜、ありがとう!」

駄々をこねる美姫の相手をするのは骨が折れるので、仕方なく了承すると彼女は嬉しそうに笑ってきた。

はぁ、俺は子守りかよ。

心の中で文句を言うが、徐々に彼女の存在が俺の人生の一部になりつつあることを、今の俺にはまだ自覚することができなかった。

家に着き、美姫を玄関に待機させてから俺は自分の部屋に入って扉を閉じると、制服を脱いで私服に着替えた。

「へぇ、着替えるとまあまあかっこいいね」

「うぉ、なんでドア開けてんの?!」

美姫は扉の縁に寄りかかりながら面白そうに俺を見てきたが、確か俺は彼女に玄関で待つように伝えたはず。

もしかして、着替えの過程を全て見られた…?

「あなたが鍵を閉めないのがいけないんでしょ?」

「見たのか?」

「もちろん」

当然と言わんばかりにうなずく美姫に対し、俺は眉を顰めながら彼女の方へ歩いて行き、部屋の壁へ押し付けた。

「男の部屋に堂々と入ってくるってことは、それなりの覚悟があるってことだよな?」

俺はいやらしく舌舐めずりをしながら、美姫を顔から足までジロジロと見た。
改めてこの距離で見て思ったが、本当に男を欲情させる体をしている。

頼むから拒んでくれよ…

こうして少しばかりの強引さを見せると、普通なら嫌がるはずだ。
だが、美姫は徐々に頬を赤らめると、俺から目をそらして「しゃ、シャワーだけ浴びさせてほしい」と呟いただけだった。

「お前…」

なんだか調子を狂わされた俺は、脱力したように彼女から身を引くと、部屋を出てソファに座り込んだ。

しばらくの間気まずい空気が流れ、俺ら二人は無言だったが、沈黙を破ったのは美姫の方だった。

「えっと…ご両親はどこに?」

「親は市外にいる、ここは俺の一人暮らしだよ」

「そうなんだ…でも、部屋が二つあるんだね」

「うん、一つは俺の部屋、もう一つは空いてて使ってない」

「じゃあ、私はそこに住むね!」

こんな空気の中、よくもまあ図々しくそう言えるものだ。

相変わらずな美姫に、俺はとうとう声に出して笑ってしまった。

「な、何笑ってるのよ!」

「いや、なんでもねえよ、プッ!」

「やっぱり笑ってるじゃん! もう、笑ってないで買い物行くよ!」

恥ずかしさを隠すためか、美姫はそう言うやいなや俺を引っ張って立たせると、手を繋いだまま俺を家から引きずり出した。

そのまま美姫は贅沢にもタクシーを呼んで乗り込み、二人でショッピングモールへ向かった。

「ねえ見てこの服! どう、可愛い?」

「ん〜、どっちも似合うよ」

美姫が掲げる二着の服に対し、俺は無難にも両方を褒めるが、彼女は不満そうに口を尖らせた。

「真剣に考えてよ!」

「はいはい、俺的にはこっちの方が好きかな」

右の方を指差すと、美姫はうーんと唸りながら「でも私はこっちの方が好きだからこっちにするね!」と言って左の方を買うことにした。

俺に意見求める手順は何だったんだ?

その後も美姫に引っ張られて服や家具、食材などを一通り見て回った。
会計時は美姫が払おうとしたが、流石に女子に払わせるのは心が咎めるので、俺が代わりに全て支払った。

「いや〜、良い買い物だったな〜」

「買いすぎな」

日が沈みかけたころ、俺らはきた時と同じように帰りもタクシーに乗ったが、詰め込むのに一苦労するほどの荷物量になってしまった。

「それより、あんなにお金使っちゃって大丈夫なの?」

「今更お金の心配かよ…まあ稼いでいるから大丈夫」

「えへへ〜、ついつい夢中になっちゃって」

全く反省してなさそうな彼女の態度に、俺は疲れたようにため息を吐く。

ぼんやりと、これからは節約をしようと決めた。