「なんでここがわかったんだよ…」

俺は万に一つの可能性に賭けて扉を開けるが、すぐに昨日みた美姫の姿が現れた。
どうやら現実とは残酷なものらしい。

「坂木くんに聞いたら、すぐ教えてくれたよ!」

坂木の野郎め、絶対許さないからな。

俺は心の中で悪態をつきながら、「少し待っててくれ」と諦めて一緒に登校することにした。

その後、もはや日常になるであろう腕組みをされながら登校した。

「あ、あのさ」

「ん?」

朝のホームルームが始まる直前、美姫が席を外した━━━多分トイレ━━━のを見て同じクラスの男が話しかけてきた。

こいつの名前は確か…江口だっけか?はっきりと覚えていないが、多分そんな感じだった気がする。

メガネをかけた少しぽっちゃりな彼は、初めて俺と話すためか少しぎこちない。

「来週期末テスト終わったあと、坂木の誕生日なんだけど…」

「あぁ、そうなんだ」

坂木の誕生日は7月の18とかだったっけな。
自分の誕生日にはあまり良い思い出がないのだが、高校唯一の友達の誕生日は盛大に祝いたいものだ。

「それで、俺らでサプライズでもしようかなって思ってて、神崎は坂木と仲良いだろ?」

「まあそうだな」

「何か一緒に案とか出してくれると助かるかな」

「なるほどねぇ」

俺がここに入学してきてから、何かと坂木にはお世話になっているし、正直この話には俺ものってみたい。普段学内のイベントとか、友達作りには興味がないが、信頼できる人は大切に扱わないといけないとは思ってる。

「ちなみに、何人くらいでそれを計画してる?」

「今のところ、クラスの全員…かな?」

「結構な人数だな…」

「まあね」

まあ正直、人数が多いことよりも、俺的には入学して3ヶ月でクラス全員からサプライズを仕掛けられる坂木の人望の方が驚きなのだが。

「当日のプランは?」

「とりあえず今のところ予定しているのが、俺がまずは当日に坂木を呼び出して、午前中にカラオケに連れていくんだけど、それが終わったら今度はタクシーに載せてそのまま会場に行って驚かせるみたいな」

「なるほどね、会場は決まってるのか?」

「んーそれがどこも料金が結構高くてね、まだ見つかっていないんだ」

やはり高校一年生がぽんと出せる料金で大人数が入れる会場は中々ないみたいだ。
先ほども言ったが、坂木はこの高校で一番お世話になっているので、せっかくだから会場をどうにかしてあげようと思う。

あぁでも、美姫に住所を教えた罪は消えないので、いつか貸しは返させてもらうつもりだ。
「なるほど、なら会場は俺が用意しておくよ」

「本当か!? 当てがあるのか?」

「まあ親戚が経営している場所があってね、多分借りられると思う」

適当な理由だが、それを聞いた江口は嬉しそうに「助かった」と言って肩を叩いてきた。
美姫も教室に戻り、朝のホームルームも始まると言うことなので、江口は昼休みにまた詳しい話をしたいと言って自分の席に戻った。

「どうしたの? あの人なんだか嬉しそうだったけど」

「坂木の誕生日サプライズを手伝うことにしたんだ」

「え? 坂木くんもうすぐ誕生日なんだ! 楽しみだね」

「お前は来なくて良いからな?」

なぜか一緒になって楽しもうとした美姫に、俺は迷惑だと言わんばかりな表情を向けると、彼女は可愛らしく首を傾げて見せた。

「ダメだよ、彼氏の友達なんだもん、私だって祝いたいし」

「あのなっ━━━」

「それに、私まだ友達がいないんだから、良いチャンスでしょ?」

確かに、美姫が昨日転校してきてすぐに俺と付き合うなどと言い出したため、まだまともな関わりを持った人がいない。と言うか、向こうから話しかけづらいだろうな。

それに、坂木の誕生日パーティを機会に、美姫にも友達ができれば俺に構う時間も減るかもしれないし…なんだかまたハメられたような気がしなくもないが、これには俺にもメリットがある。

「はぁ、わかったよ、じゃあお前は会場の準備でもしておけ」

「お前じゃなくて美姫って呼んでよ、じゃなきゃ当日は夏眠の家で過ごすから」

一体神様はどう言う意図でこんな人を育て上げたのだろうか。

「わぁったよ、美姫、はい、これで良いか?」

「うん! 今回はこれくらいにしておくね!」

「はーい、ホームルーム始めるぞ〜」

喜ぶ美姫に、何か皮肉でも言ってやろうとしたが、悪いタイミングで担任が教室に入ってきてしまった。

「いない人はいないなぁ〜、よし、じゃあ軽く連絡事項伝えるからな」

彼は手に持っていた紙の束をドンっと教卓に置くと、「今日から期末一週間前だから、試験範囲を配ります」と言った。

「えぇ〜もう期末かよ」「私まだ勉強してないんだけど!」「ヤベェよ前回からそう時間経ってないのに」
あちこちから文句が聞こえてくるが、担任が一度手を叩くと、すぐさま静かになった。

「今回は、特別ルールで行こうと思ってる」

再びクラスがざわつきそうになる直前で、担任は話を続けた。

「成績が高ければ高いほど、君たちの夏休みの補習が無くなるってシステムだ。 全教科の平均点が85点ならば、夏休みはフルで楽しめるが、45点だと毎日午前補習に来なければならなくなる」

つまり、点数は高ければ高いほど夏休みは自由に過ごせると言うことか。

一気にクラスが煩くなる中、俺はそれを聞いてすぐさま横にいる美姫に目を向けるが、彼女はなぜ突然俺が凝視してきたのかわからないと言った風に首を傾げるだけだった。

こいつじゃないのか?

ある考えが一瞬思い浮かんだが、彼女の表情を見る限り違うかもしれない。

「それと神崎、校長先生があとで来るように呼んでいるから、ホームルーム終わったらすぐ向かってくれ」

いや、浮かんだ考えを捨てようとしたがこれで確信した。校長の仕業だ。

その後担任は試験範囲の紙を配り終えると、俺に目配りをして教室から出ていった。
俺も怒りを込めて廊下に飛び出て校長室へ向かった。

慌てて俺のあとを追いかけてきた美姫は、いつものように腕に纏わりつこうとするも、俺の勢いに気圧されて今回は静かについてくるだけだった。

「おいおい、ノックくらいはしてくれよ」

バンっと校長室の扉を開け、ズガズガと中に入ると、クソ狸は困ったようにニヤついて俺を見てきた。

「何が目的だ」

「まあまあそう怒るなって、美姫と成績で勝負をするって言ってたじゃないか」

クソ狸の言葉に、俺は再び美姫の方へ振り返るが、彼女は慌てて首を横に振った。

「私は何も頼んでない! たまたまその話をしただけだよ」

「そうだ、美姫には何も頼まれていないが、生意気なお前をこらしめてやるにはちょうど良いと思ってな、折角だから利用させてもらったよ」

美姫の言葉に嘘は無さそうだ。事実このクソ狸が勝手にその話に乗っただけだろう。

「いかれてんのか?」

「まあそう言うなって、お前の前回のテスト成績は不自然にも全てが赤点ギリギリの40点になってた。 てことは、テストなんてお前に取ってはただのお戯れ程度ってことだろ? なら本当の実力を見せてくれや」

ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべるクソ狸に、俺はなんとかやり返せないか頭の中でぐるぐると思考を巡らすが、何も浮かばなかった。

「チッ」

一つ舌打ちをしてそそくさと校長室から出ていく。

こうなった以上何がなんでも美姫に負けるわけにはいかない。クソ狸につけ入る隙を与えてはならない。

俺は心の中でいつか復讐をしてやると誓いながら、一時間目の授業を迎えた。