「あ、あの…すっ、す━━━」

目の前のいわゆる”美少女”である女が、俺に向かって何かを言いかけている。

「だから言いたいことをさっさと言えよ」

テキパキしてくれないのは困る。俺はそういうのがあまり好きじゃないんだ。

椅子に座った俺を見下すようにして立っている少女は、相変わらず顔を真っ赤に染め上げている。

「誰あの美少女は?!」「可愛い子ね…」「誰だかわからないけど、惚れそう」
クラスメイト━━━もう高校に入学して3ヶ月も経っているのに名前すら覚えていない━━━は、朝のホームルーム前に突然現れた謎の美少女に戸惑っているようだ。

「す、すす、好きです! 付き合ってください!!」

ドーン

そんな擬音が聞こえてきそうな発言を落とした彼女に、流石の俺も固まった。

「う、嘘だろ!!?」「な、なんであの神崎が…?!」
男どもは嫉妬の声を漏らし、女どもは頬を赤らめて騒いでいる。

はぁ、めんどくさい

「ごめん、興味ない」

「おっと、俺は坂木涼太(さかぎりょうた)、こんなひねくれた野郎より、俺なんていかがですか?」

冷たく言い放つ俺を遮るように現れたのは、このクラスで唯一俺の友達である坂木だ。

どうやら勇気を出して割り込んできたらしい。

「坂木さん、初めまして、関上美姫(せきがみみひめ)です。 そう言ってくれてとても嬉しいけど、私は夏眠(かみん)が好きなの」

しかし、坂木のアピールはあっさりと受け流された。

しかも、いきなり俺のことを名前で呼んでくるし…

「おーい、席につけ〜」

そうこうしていくうちに、担任が教室に入ってきた。

みんながダルそうに席に着くと、関上美姫と名乗った彼女も、俺から離れて担任の横に並んだ。

「今日は転校生を迎える日だからな! ということで早速自己紹介をよろしく!」

「皆さん、おはようございます。 関上美姫です! 今年16歳で、得意な教科は数学です。 これからよろしくお願いします!」

簡潔な自己紹介を終えた後、軽くお辞儀をすると、破れんばかりの拍手がクラス中に響き渡った。

「よーし、関上さんは今日で初の登校だから、いろいろ助けてやれよ〜。 関上さんの席はえぇっと━━━」

「先生! 席は神崎(しんざき)君の隣がいいです!」

教室内を見回して美姫の席を決めようとした担任に、彼女は積極的に俺の横を勧めた。

「おぉそうか、じゃあ岩本、替わってやれ」

「はーい」

岩本はもともと俺の横だったが、特に俺との接点もないためか、スッと荷物をまとめて他の空いている席についた。

全く、静かに過ごしたいだけなのだが、どうしてこうも厄介が俺の方に向かってくるのだろうか。

「えへへ〜、これからよろしくね! 夏眠!」

俺の横に座った美姫は、ニヤニヤとしたり顔を向けてきた。

「はぁ、もう好きにしろ」

告白をしたせいで恥というものが吹き飛んだのか、彼女から先ほどの初々しい態度は消えていた。

その後はいつものように朝のホームルームが終わり、通常授業が始まった。

ちなみに俺は学校に遅刻したこともなければ、早退したこともない。コミット率は100パーセントなのだが、先生の目から見て俺は別に優秀な生徒でもなんでもない。なぜなら、授業中はずっとボーッとしているし、テストも赤点一歩手前の40点を常にとっているからだ。

まあ、先生の評価などはどうでもいいが…

だけど、この偏屈な性格のおかげで友達は坂木涼太ただ一人だ。別に友達を作りに高校へ来ているわけではないとは言え、過ごし辛さ故にもう少し交友関係を広めた方がいいのではないかと最近思い始めた。

「神崎、神崎! 聞いているのか!」

おっと、早速数学の先生が怒鳴り始めた。

「なんですか…?」

「この部分を回答してみろ!」

聞いていないと思って答えを要求するのは先生の常套手段だ。

俺はめんどくさそうに回答すると、まさかの正解に先生は少し固まった様子だった。

「ボーとしてないで、授業をちゃんと聴けよ!」

捨て台詞を言ってから、授業は無事再開した。

「へぇ〜、夏眠って、意外と頭いいんだ?」

「別にそうでもないだろ」

「でも今のはこれから勉強する部分だよ?」

「それはお前が勉強不足なだけ」

馬鹿にするような口調で言い返すと、彼女は不満そうにムッと頬を膨らませた。

「私の得意教科が数学なんだけど?」

「それがどうした」

「次の期末テスト、成績高かった方がご褒美をもらえるって勝負をしようよ!」

彼女の言葉に、俺はニヤつく。

「ほう〜、ご褒美ねぇ、なんでもありなのか?」

「うん」

「じゃあ別れると言うのもありか」

「それは無し」

「は?」

「ご褒美も、お互い同意の元に成り立つものってことよ!」

後付けにも程があるだろ…

人差し指を立ててそう言う彼女に、俺は呆れた表情をした。
すると、今度は彼女が得意げに「てことは勝負してくれるってことね! 絶対負けないよ?」と言ってきた。

はめられた。

別れると言う選択肢が潰れた以上、今の構図的に俺が彼女の勝負事に興味を示したようになってしまっている。

おそらく、彼女はそれを狙っていたのだろう。

「話にならん」

「よぉ〜し、頑張るぞ!」

腕をまくって気合を示す美姫に、俺はいっそのこと机に突っ伏して寝ることにした。これ以上話すと俺のペースが崩れてしまう。

こうして昼休みに突入すると、担任がわざわざ俺を探しに教室までやってきた。
校長が呼んでいるとのことらしく、俺に至急校長室まで向かって欲しいそうだ。

と言うことで校長室に向かうべく、廊下を歩いているのだが、俺は今絶賛注目の的になっている。
なぜか、それは簡単である。左腕に纏わりついて離れない美姫とか言う女のせいだ。

一般的に見て清楚で可愛らしい彼女が、あろうことか人目を気にせず俺の腕に抱きついているのだ。高校一年生のみんなにはさぞ刺激が強い光景だろう。

俺?俺はと言うと、普通にやめてほしいと思っているのだが、先ほどから何を言っても耳を貸さないため、もう諦めている。

職員室に入り、先生たちの奇異な目に晒されながら━━━普通に注意してこない教師陣もなかなかだが━━━校長室の扉を叩くと、中から「はい」と男の声が聞こえた。

「失礼します」

「ん? ブハッハッハッ!!!」

腕にまとわりつく美姫と、困り顔の俺を見て、目の前のおっさんは顎が取れるのではないかと思うほど笑い始めた。

「何がおかしい?」

「いやいやいや、お前の手に負えない相手が現れたって知れて、俺は心底嬉しいよ!」

途中途中笑いを抑えながら話す校長に、俺は美姫が俺のクラスにやってきたのは、こいつの差金なのではないかといよいよ思い始めた。

「おじさん! あまり夏眠を困らせないで!」

「あぁ悪い悪い」

困らせているのは美姫の方なんだけどな。

それよりも、美姫の言葉に俺は引っ掛かりを覚えた。

「おじさん? 知り合いなのか?」

「うん! 校長先生は私のお父さんの友達なんだよ」

「そうだ、だから美姫のことはガキの頃から知っている。 夏眠、せいぜい頑張るんだな」

校長、いや、クソ狸は、挑発するように俺を見てきた。
どうやら本格的に俺を苦しめるみたいだ。

これからの生活は、今までのように静かにはいかないだろう。