閉め作業も終わって帰路につく。電車に乗っていると、スマートフォンに飴をくれたショップスタッフから『体調はどう?』とメッセージが届いた。
 迷惑かけちゃったな、と思いつつ、「ありがとうございます」と打った後にスタンプをつけて送る。

 無理をしないでね、か。
 そんなことを言われても、来週で今後が決まるとか、考えたくない。
 それに原田さんが言ったことも本当かどうかも見極めなければいけない。原田さん達には今まで一緒に働いてきたから信頼しているし、あの店のアルバイトは皆味方だと思っている。それでも急展開に付いていけない頭が、全てに対して疑心暗鬼になってしまっている。

「……どこで間違えたかなぁ」

 小さく呟いても聞こえてくるのは電車の揺れる音だけだった。

 最寄りの駅を降りて慣れた商店街を通る。今日はヒロさんのバーは定休日なので、いつもより人通りは少ない。こんなにも静まり返っている商店街は珍しい。

 すると突然、背筋が凍る寒気がして思わず立ち止った。誰かに見られているような気がして、思わず身体を抱き締めるようにして辺りを見回す。
 夜の十時を過ぎた商店街に人気はなく、昨日とは打って変わって閑散とした空気が広がっている。稼ぎ時といってもいい夜の居酒屋でも定休日はあるのだから、店のシャッターが全て閉まっていてもおかしくはない。それがかえって気味が悪い。

 いっそのことジョギングがてら走って帰ろうか。少しは寒気も無くなるだろう。そう思っていると、後ろから砂を踏みしめる音が聞こえた。

 ああ、よかった。やっぱり人がいるじゃん。

 安堵して振り返ると、そこには昼間に店長の体に巻き付いていた黒い靄を全身に包まれた、人型の何かが金属バットを引きずるようにして立ち止った。
 人間……いや、人にしては体格が大きすぎる。まるで昔話に出てくるような、大男が棍棒を持っているようにしか見えない。何より黒い靄が全身を包み込んでいるから、顔の判別さえもできない。

『――――』

 それは唸りながら何かを言うと、金属バットを思い切り振り上げた。
 あ、これヤバイ。――嫌な予感を察して後ろへ下がろうとすると、足を何かに掴まれてそのまま後ろに倒れ込んだ。

「いった…………ひっ!?」

 幸い背中のリュックがクッションになって頭を打つことはなかった。
 すぐ起き上がって逃げようとすると、左足に黒い靄が巻き付いて動けなくなっていた。そして揺れ動く靄から、白くゴツゴツした骨の手が食い込むように掴んでいるのが見えると、思わず悲鳴を上げた。
 これは夢? もしかして電車で寝過ごしてるんじゃないか。
 きっとそうだ、これは夢なんだ! ――思い込もうとすればするほど、掴まれた左足が圧迫されて痛みを感じる。
 大きな影が覆いかぶさるように現れると、高々と掲げた金属バットが勢いよく振り下ろされる。
 どうやら私はこんなところで死ぬらしい。
 恐ろしくて動けないし声も出せない。逃げられないと悟った私は、ぎゅっと目を瞑った。

「――――だから言ったじゃないか、お嬢さん」

 どこか呆れた声が聞こえたと同時に、ズシン、と大きな音が辺り一帯に響き渡った。