眠気を引きずるように目を覚ました私は、枕元に投げ出したスマートフォンの画面を見て、いつもより早く起きたことに安堵した。
 昨日の店長の話が頭から離れなくて眠れないのでは、とカクテルをほぼ強引に注文したのがよかったのか、おかげでいつも通りの睡眠時間を確保できたようだ。こればかりはアルコールへの耐性が弱い自分の体に感謝した。
 それでも慣れない身体には負担がかかっているようで、若干の頭痛と吐き気が残っている。ベッドから這い出るのもやっとだった。

「……二日酔いの人ってこんな感じなのかな」

 しくじったと思いつつ、大きな欠伸を繰り返しながら支度をして店へ向かった。

 普段乗っている朝の電車は、休日だからか空席が目立っている。適当に空いている席に座って、イヤフォンジャックをつけたスマートフォンを操作した。
 乗り換えも含めて片道一時間もかかる通勤も、好きな音楽さえあれば苦にならない。今日もお気に入りの曲を再生して顔を上げると、目の前にはくたびれたスーツ姿のサラリーマンが、鞄を抱えるようにして船を漕いでいた。

 世間一般には休日なのに出勤だなんて、労働に気配りのない世の中だなと思っていると、サラリーマンの肩に何か黒い靄のようなものが見えた。

「…………?」 

 サラリーマンがかくん、と首を動かす度に、黒い靄が肩にのしかかっているように見えて、時々しかめっ面になっている。
 これは起こした方がいい? それよりもあの人には黒い靄が見えるの?
 一度服の袖で目を擦ってまたサラリーマンを見るが、肩はおろか、車両内を見回しても黒い靄は見当たらない。

 そういえば前に「酒に酔っているか確認するのに手っ取り早い方法は、一つのコップをテーブルに置くこと」だと聞いたことがある。コップは一つしかないのに、酔っている人にはブレて複数あるように見えることがあるとか、ないとか。
 ……まさかここにきてまで昨日のお酒が残っているとか?
 寝起きの頭痛と吐き気は、朝のシャワーと頭痛薬のおかげで大分抜けたはずだが、流石に簡単にアルコールを外へ出すのは難しいらしい。
 見間違えだと言い聞かせて、流れてくる曲が変わると同時に目を閉じた。