しっかりとした足取りで家路につくも、程よくアルコールが回っているのがわかる。頭痛や吐き気は今のところ感じられないものの、ぼんやりとした思考でこれからについて考えていた。

 一人暮らしである以上、掛け持ちで働いているアルバイトだけでは厳しい。何よりこのご時世で、すぐに雇ってくれる会社が果たしていくつあるだろうか。

 はたまた、ろくに学もなく約五年間ほど調理の勉強だけしてきた私に、飲食以外で働くことができるのか。
 あの店で同じことができる店を見つけたとして、私はそこで何をしたいのだろう。例えばコーヒーの焙煎度合いによって淹れ方が変わることを勉強するとか、はたまた、ラテアートを極めて大会に出場するとか。それとも、厨房に入って調理の技術を身につけるとか。
 あの店で二年くらい働いていたけど、どれも中途半端に脱線してしまった気がする。そもそも、厨房にいるのがつまらなくて、人と接する機会が多い職場を探していたはずだ。

「私……何がしたかったんだっけ?」

 人気のない大通りから離れた道で、不意に出てきた言葉に、鼻の奥がツンとして思わず鼻と口を掌で覆った。
 ああ、考え出したら不安しか出てこない。
 正直な話、店長と一緒に仕事はしたくないし、顔も見たくない。それでも有休を今後シフトにどう組み込むか相談しないといけないから、嫌でも話さなければならない。
 弱気になっていては店長の思う壺だ。ダメ元でクビを取り消してもらえないか交渉してみよう。少しだけ前向きに考え始めたところで、住んでいるアパートまで来ていたことに気付いた。

 鍵を開けてドアノブに手をかけようと手元を見ると、普段ならあまり入っていることのない郵便受けに大きいサイズの封筒がはみ出していた。
 引っ張り出してから家の中に入って明るい場所で確認する。

 宛先や差出人は書かれておらず、切手も伝票も貼っていない。雑誌が入りそうなサイズにしてはかなり空間が余っているようだった。
 開いてみると、中には数センチの紙の束が入っていて、慎重に取り出して机の上に置く。
 紺色の厚紙で挟まれ、片側を紐でくくって束ねている和装本らしきそれは、捲るとところどころ煤で汚れていた。表紙であろう面の中心には四角で囲まれた中に文字のようなものが書かれているが、水で滲んでしまったのか、読み取ることができない。パラパラとページをめくるも、全ての文字がぼやけていて到底読めるものではなかった。

「……誰かの悪戯?」

 落書きにしか見えない紙の束を眺めながら、どこかで聞いたような話が過る。
 どこだっけ?

「……まあ、いっか」

 酔いの回った頭で考えたところで何も浮かばない。和装本をテーブルに置いて、一気に押し寄せ来た睡魔に負けた私は、お風呂にも入らずにそのままベッドへ倒れ込んだ。