もはやお茶の原型をとどめていない液体が入った湯呑を差し出す変人の男が言う。
 私は尻尾で追い返すと、どういう意味かと問う。

「だって人間と妖怪に生まれた信頼や愛を、一番人間の傍にいるぬらりひょんが知らないはずがない。もし君が彼を無下に扱っていたら、きっと君はあの時に消えていたよ」

 へらっと笑いながら話す男はさらに続けた。

「君があの時、妖力が尽きて自分が居なくなることも含めて鬼火を出したのは、他でもない彼の為だ。人間とは、より良い関係を信頼を築きあげなければならない。……ぬらりひょんは、それを君たちが知ってるから手を貸したんだと、ボクは思うよ」
 ――どの口が言っているのかしらね。
「どうと思ってくれて構わないさ。結局、人間という存在はちっぽけな弱い生きものさ!」

 変人の男はそう言うと、店番に戻っていった。あの不気味な茶と共に店に出るのか、単に狂っているからなのか、それとも――。

「菊、ただいま」

 いつの間にか、私の隣にはあの少年が座っていた。重そうなリュックの中には、大学での教科書や辞書が詰め込まれているらしい。あんなに子供らしい少年が、今ではしっかりとした男性に成長していた。

 人間は儚くて脆い。人を平気で陥れ、時には暴力をふるって力関係を明確にしようとする。自分の為なら何をしたってかまわない。そんな弱い人間がとても醜くて、歪で、可哀想だと思ってしまう。
 それでも、あの時から変わらない彼の笑みを見て思うのだ。

「あら、おかえりなさい」

 いつか消えるその日まで、人間(あなた)の傍にいたいと。

〈了〉