それから十年の月日が過ぎた。
 高校生になった子供――いや、少年は親戚の家を出て、私と住めそうな家に移って暮らすようになった。
 もう子犬の姿でいる必要がなくなった私は、少年の提案で人間の姿に化けて外に出てみることにした。人間の女の姿に変化すると、少年は満足そうに笑って、共に家を出る。

 外の世界はとても解放的だった。
 何百年前の村とは異なる鮮やかな世界が広がっていて、目に付くものを片っ端から少年に聞いた。少年も面倒臭がらずに、丁寧に教えてくれる。なんて優しい世界だろう。

「あれ、ユーレイじゃん」

 ふと、街中で固まって歩く人間に声をかけられた。見た目は少年と同い年くらいだろうか、なぜか少年を見てにやにやと嗤っている。
 すると、一人が唐突に少年の肩を突き飛ばした。

「あーごめんごめんーいるもんだと思わなくてさー」
「おい、可哀想だろー!」
「大丈夫だって、コイツ、ユーレイだし!」

 人間は、わざとらしく少年に体当たりをし続ける。いつしか殴るような衝撃を与え始めるも、少年は表情を変えることなく、私を背に隠して守ってくれた。
 しかし、ついに限界がきたようで、少年はその場に倒れ込んでしまった。支えようと彼の肩に手を伸ばすも、殴り続けていた人間に腕を掴まれ、離されそうになる。私を人間の女だと信じ切っている人間たちは、ニヤニヤしながら言う。

「なんでそんなユーレイと一緒にいるのさ? 俺達と一緒の方が楽しいからおいでよ」

 それを聞いて、私は思わず鼻で哂ってしまう。

 ――もし彼がユーレイだというのなら、お前たちにとって私は化け物だろうね

 次の瞬間、目の前に現れた青白い鬼火に驚いた人間たちは、逃げるようにその場から立ち去った。
 それからのことはよく覚えていない。
 人間の姿に変化したまま鬼火を出す妖力は、今の私にはかなり無茶だったようで、その場に立ち崩れてしまった。

 彼を救えたなら、これ以上の喜びはない。
 いろんなことがあったけど、結局私は人間の傍で最期を迎えられた。……その事実だけで、私の生き続けたことは間違っていないかったと、断言しよう。
 少年が私の名前を呼ぶ声が遠くなる。
 頬に雨が伝った。とても温かい雨だった。