***
何百年も月日が過ぎたある日、山奥でいつものように寝ていると、近くに人間の匂いが漂ってきた。
それと同時に、血の匂いが混ざっていることに気付いた私は、すぐさま匂いを辿った。匂いの元は崖の下にあり、覗き込んでみると、人間の子供が膝を抱えて蹲っていた。
私は崖を降りて子供の傍に駆け寄る。腕や膝、頬に擦り傷が見受けられたものの、上手く受け身を取ったのか、頭だけは無傷で気を失っているだけだった。
ひとまず私は子供を抱えてから離れ、住処にしている拠点地まで戻ると、昔よく村人が怪我をした子供にしていた手当を施す。
見ていただけでやり方などわからないが、とにかく近くにあった葉っぱと蔦を、布と包帯に変えて、野草と共に巻き付ける。
全ての手当を終えた頃には、痛みで顔を歪ませていた子供の顔はすっかり緩んでよく寝ていた。
子供の寝顔を横目に、なぜこんなところに人間の子供が一人でここにいるのかを考えていた。私がここを住処にしたのは、人間が立ち入らない場所だったからだ。
なんのために一人であの場に倒れていたのか。
「……僕ね、捨てられたんだよ」
いつの間にか目を覚ました子供が私を見て、畏れることなくはっきりとした口調で言った。
手当をするのに狐の姿だと難しいため、本来の姿でいた私を見て畏れない者などいないのに、子供は不格好に包帯が巻かれた手で、私に手を伸ばした。
「きれいだね、そのしっぽ。しろいきつねさん?」
――私が人間ではないことに、何も思わないのか?
「思わないよ。だってきれいだもの」
――きれい? 私が?
「そう。少なくとも、ぼくが出会ったひとたちにくらべたら、何倍もきれい」
「ね、人間ってかわいそうな生きものでしょう?」
人間の子供はそう言って、にっこりと私に向かって笑いかける。何百年ぶりの、懐かしい感覚だった。
何百年も月日が過ぎたある日、山奥でいつものように寝ていると、近くに人間の匂いが漂ってきた。
それと同時に、血の匂いが混ざっていることに気付いた私は、すぐさま匂いを辿った。匂いの元は崖の下にあり、覗き込んでみると、人間の子供が膝を抱えて蹲っていた。
私は崖を降りて子供の傍に駆け寄る。腕や膝、頬に擦り傷が見受けられたものの、上手く受け身を取ったのか、頭だけは無傷で気を失っているだけだった。
ひとまず私は子供を抱えてから離れ、住処にしている拠点地まで戻ると、昔よく村人が怪我をした子供にしていた手当を施す。
見ていただけでやり方などわからないが、とにかく近くにあった葉っぱと蔦を、布と包帯に変えて、野草と共に巻き付ける。
全ての手当を終えた頃には、痛みで顔を歪ませていた子供の顔はすっかり緩んでよく寝ていた。
子供の寝顔を横目に、なぜこんなところに人間の子供が一人でここにいるのかを考えていた。私がここを住処にしたのは、人間が立ち入らない場所だったからだ。
なんのために一人であの場に倒れていたのか。
「……僕ね、捨てられたんだよ」
いつの間にか目を覚ました子供が私を見て、畏れることなくはっきりとした口調で言った。
手当をするのに狐の姿だと難しいため、本来の姿でいた私を見て畏れない者などいないのに、子供は不格好に包帯が巻かれた手で、私に手を伸ばした。
「きれいだね、そのしっぽ。しろいきつねさん?」
――私が人間ではないことに、何も思わないのか?
「思わないよ。だってきれいだもの」
――きれい? 私が?
「そう。少なくとも、ぼくが出会ったひとたちにくらべたら、何倍もきれい」
「ね、人間ってかわいそうな生きものでしょう?」
人間の子供はそう言って、にっこりと私に向かって笑いかける。何百年ぶりの、懐かしい感覚だった。