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 ――これはウチの古本屋に置いてあった本の話なんだけどさ。
 本、といっても最近の文庫本や単行本といった、綺麗に装丁されたモンじゃあない。ボロボロの紙で所々煤で汚れて読めない、落書きを詰め合わせた和装本さ。
 辛うじて読めた表紙には、『滑瓢』……つまり、ぬらりひょんって書いてあったんだ。
 ちなみにぬらりひょんって知ってる?
 悪いことはしないが、夕方になると何処からともなくやってきて、人の家に上がりこむんだ。皆が忙しくしている中で、呑気にお茶をすすっている妖怪でね。そしてまた来た時と同じように、ぬらりくらりとどこかへ行ってしまうんだって。
 そんな気分屋の妖怪の名前がどうしてその和装本に書かれていたのか、ボクにもわからなくてねぇ。
 なんだか気味が悪かったから、間違って売らないように店の奥にある書庫に置いたんだ。
 その後は店番をしていたけど、どうしてもあの和装本が気になって仕事が手につかなくて、閉店したあとすぐ書庫に戻った。
 するとそこには、確かに置いたはずの和装本が無くなっていたんだ。
 ボクは思わず声を上げて驚いてしまったよ。
 困ったもんだよ。店に出入りしていたのは店主であるボクだけだったからね。
 焦ったボクは、知り合いの妖怪マニアに電話したんだ。それによると、ぬらりひょんは【妖怪の総大将】って呼ばれていたんだって。
 なんでも、珍しく几帳面なぬらりひょんが遥か昔にいたんだって。彼は配下にある妖怪たちの名前を和装本に書き込んで、懐に隠し持っていたらしいんだ。
 ……ボクは思うんだ。
 あれは、ぬらりひょんが書庫にあったあの和装本を取り戻しにきたんじゃないかって。
 だって【彼】はいつ間にかその場にいて、いつの間にか消えている。
 ……そんな存在だからさ。

 ――まぁ、実際は部屋の奥の窓が空いていて、入ってきた野良猫がツメを研いで更にボロボロにしていたんだけどね。

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